ラサール石井さんは、2026年11月現在、社会民主党(社民党)所属の参議院議員として活動しています。2025年の参院選で初当選した後、党の副党首を経て、2026年4月には幹事長に就任。さらに国会対策委員長と選挙対策委員長も兼務するなど、党運営の中心的な役割を担うようになりました。
一方、芸能界では「コント赤信号」のメンバーとして知られ、アニメ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の両津勘吉役を長年務めた実力派タレントでもあります。ラ・サール高校から早稲田大学第一文学部へ進んだ学歴や、1979年の最初の結婚、2011年の離婚、2012年の32歳年下女性との再婚も関心を集めてきました。現在の政治活動から芸能活動、学歴、結婚歴まで、2026年の最新情報をもとに整理します。
【2026年最新】ラサール石井の現在は社民党幹事長・参議院議員

2026年11月2日現在、ラサール石井さんは71歳。1955年10月19日生まれで、大阪府大阪市の出身です。
現在の活動の中心は、芸能界から国政へと移っています。2025年7月20日投開票の第27回参議院議員通常選挙において、社民党の比例代表候補として初当選しました。
そして、政治家としての立場を大きく変えたのが2026年4月の社民党人事です。
2026年4月に社民党幹事長へ就任社民党は2026年4月29日に第21回定期全国大会を開催し、新しい全国連合の執行部を選出しました。
同党の公式発表によると、ラサール石井さんの新しい役職は次の3つです。
- 幹事長
- 国会対策委員長
- 選挙対策委員長
2025年9月には副党首への就任が決まっていましたが、2026年4月の新執行部発足によって幹事長へと役職が変わりました。現在の肩書を紹介する際には、以前の副党首ではなく、幹事長として扱うのが正確です。
幹事長は、党の運営や組織内の調整、政策発信などを担う重要なポストです。国会対策委員長と選挙対策委員長まで兼務することから、党内の実務と国会対応、選挙戦略を幅広く担当する立場になっています。
日刊スポーツも2026年4月29日、党大会での人事発表を報道し、福島みずほ党首を実務面で支える役割を担うと伝えています。
参議院議員としての任期と所属委員会参議院の公式議員プロフィールでは、ラサール石井さんは社会民主党所属の比例代表選出議員で、当選回数は1回。任期満了日は2031年7月28日とされています。
2026年10月30日現在の参議院における所属委員会・調査会は次のとおりです。
- 財政金融委員会
- デジタル社会の形成及び人工知能の活用等に関する特別委員会
- 資源エネルギー・持続可能社会に関する調査会
つまり、単に党の幹部として名前を連ねているだけではありません。財政や金融、デジタル社会、エネルギー政策といった国政の具体的な課題に関わる立場でもあります。
【政治活動】ラサール石井はなぜ芸能界から政治家になったのか?
ラサール石井さんが政治の世界に本格的に踏み出した背景には、以前から続けてきた社会問題や政治に関する発信があります。
2025年6月、社民党から参院選出馬を表明2025年6月30日、ラサール石井さんは国会内で記者会見を開き、社民党公認で参議院選挙の比例代表に立候補すると正式に発表しました。
出馬の決意について、日刊スポーツなどの報道では、政治について発言することを仕事の一つとして取り組む考えを示しています。
それまでにもSNSなどで政治や社会問題について意見を発信していましたが、今回は発言する側にとどまらず、議会の中で政治に関わる道を選びました。
出馬会見では、タレント候補と呼ばれることについても言及。芸能人であること自体ではなく、当選後にどのような仕事をするかが大切だという考えを示しました。
2025年7月の参院選で初当選2025年7月20日の参院選で、ラサール石井さんは社民党の比例代表候補として当選しました。
社民党の選挙結果発表によると、同党は比例代表で121万7823票、得票率2.06%を獲得。ラサール石井さんの当選とともに、政党要件の維持も果たしました。
この選挙は、社民党にとって政党として存続できるかどうかが問われる重要な戦いでした。知名度のある芸能人が候補者となったことは、党の認知度を広げるうえでも注目されました。
2026年の政治活動にも継続して取り組む2026年のラサール石井さんは、社民党幹事長として党の政策発信にも携わっています。
例えば、2026年9月24日には、政府が閣議決定した税制改正大綱について社民党幹事長名義で談話を発表。飲食料品の消費税率引き下げや新たな給付制度について、制度設計上の課題などを取り上げました。
加えて、10月31日には、衆議院の比例代表定数31削減を含む選挙制度見直しについて、社民党幹事長として反対の立場を表明しています。
こうした発信からも、現在の活動が単なる知名度を生かした広報にとどまらず、政策や選挙制度に関する党の公式見解をまとめ、対外的に発信する仕事へと広がっていることが分かります。
【芸能活動】コント赤信号から両津勘吉役まで!現在も引退していない?
政治家としての活動が目立つようになったラサール石井さんですが、芸能界で築いてきた実績も非常に幅広いものがあります。
お笑いタレント、声優、俳優、司会者、脚本家、演出家と複数の顔を持ち、舞台芸術の分野でも評価を受けてきました。
コント赤信号でお笑いタレントとしてブレークラサール石井さんは、早稲田大学在学中に劇団テアトル・エコーの養成所に所属しました。
そこで知り合った渡辺正行さん、小宮孝泰さんと結成したのが、お笑いトリオ「コント赤信号」です。
1980年代にはテレビのお笑い番組などで人気を集め、ラサール石井さんは知的な印象とテンポのよい話術を生かした芸風で知られるようになりました。
その後はバラエティー番組の司会やクイズ番組の回答者としても活動。M-1グランプリの審査員を務めるなど、お笑い界での経験を生かした仕事にも携わっています。
『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の両津勘吉役声優としての代表的な仕事が、テレビアニメ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の主人公・両津勘吉役です。
1996年から放送された同作品で、ラサール石井さんは主人公の声を担当しました。
両津勘吉は、破天荒でお金に目がなく、騒動を次々と巻き起こす警察官です。コミカルな場面から人情味のある場面まで幅広い表現が求められるキャラクターであり、ラサール石井さんの持つ舞台経験やコントで培った表現力が生きた役柄といえます。
芸能人としての顔を知らない若い世代にも、両津勘吉の声を通して名前が知られているのは大きな特徴です。
脚本家・演出家としても評価された実績ラサール石井さんは、出演者として舞台に立つだけでなく、2001年ごろから本格的に舞台の脚本や演出も手掛けるようになりました。
代表的な仕事には、舞台版『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の脚本・演出・主演や、ミュージカル『HEADS UP!』の原案・作詞・演出などがあります。
特に『HEADS UP!』では、舞台制作の裏側を題材にした作品づくりが評価され、第23回読売演劇大賞の優秀演出家賞を受賞しました。
この受賞は、単にテレビで活躍するタレントという枠に収まらず、舞台芸術の制作側でも実績を残してきたことを示しています。
議員になった現在の芸能活動は?2025年10月、スポーツニッポンの取材では、当選後の芸能活動について本人が言及しています。
「長い芝居はもうできないけど、ライブはできる」
国会議員としての仕事が増えたことで、長期間にわたる舞台公演への出演は難しくなる一方、土日や夜の時間帯を活用したライブ活動には意欲を示していました。
また、福島みずほ党首とともにスタンドアップコメディのイベントに出演した経験にも触れ、芸能活動と政治活動を組み合わせる可能性を語っています。
したがって、現在の状況を「芸能界を引退した」と理解するのは正確ではありません。国会議員としての仕事を優先しながら、これまで培った芸能や舞台の経験を生かせる活動を続ける姿勢です。
【学歴・経歴年表】ラ・サール高校から早稲田大学へ!芸名の由来も解説
ラサール石井さんの学歴として知られているのは、鹿児島県のラ・サール高等学校と早稲田大学第一文学部です。
ただし、早稲田大学については卒業したわけではなく、最終的には除籍となっています。2025年の参院選出馬会見でも本人がこの点を説明しており、大学卒業と誤解しないことが大切です。
ラ・サール高校卒業が芸名の由来1955年10月19日に大阪市で生まれたラサール石井さんは、鹿児島ラ・サール学園高等学校を卒業しました。
芸名の「ラサール」は、この高校の卒業に由来しています。本名は石井朗夫(いしい・あきお)です。
高校卒業後は早稲田大学第一文学部へ進学しましたが、4年間在籍した後に除籍となりました。2025年6月30日の出馬会見でも、本人は「中退」と「除籍」の違いを説明しています。
この点は学歴に関する誤解が生まれやすい部分です。大学に進学したことと、大学を卒業したことは別の事実として整理する必要があります。
ラサール石井の主な経歴・活動年表| 時期 | 出来事・活動 | 主なポイント |
|---|---|---|
| 1955年 | 大阪市で誕生 | 10月19日生まれ |
| 高校時代 | 鹿児島ラ・サール学園高等学校を卒業 | 芸名の由来となる学歴 |
| 大学時代 | 早稲田大学第一文学部に在籍 | 卒業ではなく除籍 |
| 1979年 | 最初の妻と結婚 | テアトル・エコー関係者との結婚 |
| 1980年代 | コント赤信号として活躍 | お笑いタレントとして知名度を獲得 |
| 1996年 | 『こちら葛飾区亀有公園前派出所』放送開始 | 両津勘吉役を担当 |
| 2001年以降 | 舞台の脚本・演出を本格化 | 出演だけでなく制作側でも活躍 |
| 2011年1月 | 最初の妻と離婚 | 約15年間の別居を経て離婚成立 |
| 2012年1月 | 一般女性と再婚 | 結婚当時の妻は24歳 |
| 2015~2016年 | 『HEADS UP!』で演出を担当 | 第23回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞 |
| 2025年7月 | 参議院議員に初当選 | 社民党の全国比例代表 |
| 2025年9月 | 社民党副党首に就任 | 党の執行部入り |
| 2026年4月 | 社民党幹事長に就任 | 国対委員長・選対委員長も兼務 |
| 2026年11月 | 参議院議員・社民党幹事長として活動 | 71歳、国会と党運営の両面を担当 |
この年表から分かるように、ラサール石井さんのキャリアは、お笑いタレントから声優、俳優、演出家へと広がり、最終的に政治家として国会に進出するという珍しい変遷をたどっています。
特に注目したいのは、芸能界での活動が単なるテレビ出演だけではなかった点です。舞台の脚本や演出に携わってきた経験は、現在の政治活動においても、表現力や発信力という形で生かされる可能性があります。
【結婚歴と再婚】元妻との離婚理由は?24歳年下の妻との現在
ラサール石井さんの私生活で関心を集めてきたのが、最初の妻との離婚と、その翌年に発表された再婚です。
結婚歴は2回。最初の結婚は1979年、再婚は2012年です。特に再婚時には年齢差が大きく報道されました。
1979年に最初の妻と結婚日刊スポーツの2011年1月25日の報道によると、ラサール石井さんは早稲田大学在学中に入所した劇団テアトル・エコーの養成所で知り合った女性と1979年に結婚しました。
当時は芸能界で大きな成功を収める前の時期で、妻はコント赤信号としてブレークするまでの下積み時代を支えていたと報じられています。
2人の間には娘が2人いたことも当時の報道で伝えられました。
元妻との離婚は2011年1月最初の妻との結婚生活は約32年間続きましたが、夫婦は1995年ごろから別居状態になっていたと日刊スポーツが報じています。
報道によると、仕事が多忙になったラサール石井さんが都心にマンションを借りて一人暮らしを始めたことが、別居の背景にありました。その後、2010年に離婚協議が始まり、同年12月に協議がまとまり、2011年1月早々に離婚届を提出したとされています。
一方、所属事務所は当時、離婚については事実と認めながらも、理由については把握していないとコメントしました。
そのため、離婚理由を特定の夫婦間トラブルや不倫問題などと断定することはできません。公に報じられている経緯は、長期間の別居と、その後の協議離婚です。
2012年、24歳の一般女性と再婚離婚から約1年後の2012年1月31日、ラサール石井さんは再婚を発表しました。
お相手は当時24歳の一般女性で、ラサール石井さんは56歳。つまり、2人の年齢差は32歳です。
ここで間違えやすいのが「24歳年下」という表現です。24歳というのは結婚当時の妻の年齢であり、年齢差そのものは32歳です。
2012年2月1日のオリコンニュースによる結婚会見報道では、相手女性とは2011年9月ごろに知人の店で出会ったと説明されています。交際期間は約4カ月で、短期間で結婚に至ったことからスピード婚として話題になりました。
当時の報道では、妻は薬学部に通う学生だったことも明かされています。
再婚相手との現在の夫婦関係は?2012年の再婚発表は大きく報道されましたが、その後の夫婦生活については、結婚当時ほど詳細な公表情報が多くありません。
2015年には新居や住宅ローンについてテレビやイベントで話題になったこともありましたが、こうした過去の報道と2026年現在の生活状況は分けて考える必要があります。
少なくとも、再婚の事実と当時の年齢差、出会いから結婚までの経緯は報道で確認できます。一方、現在の妻の職業や日常生活、夫婦間の詳しい事情などについては、公表情報が限られています。
芸能人であっても、家族のプライバシーは本人の公的活動とは別の領域です。過去の結婚報道だけを根拠に、現在の家庭生活を推測することはできません。
【よくある質問】ラサール石井の現在に関するFAQ
Q1:ラサール石井は2026年現在、何歳ですか?
A1:1955年10月19日生まれの71歳です。2026年10月19日に71歳の誕生日を迎えました。
Q2:ラサール石井は現在、社民党の副党首ですか?
A2:現在の役職は社民党幹事長です。2025年9月に副党首への就任が決まりましたが、2026年4月29日の新執行部人事で幹事長に就任しました。国会対策委員長と選挙対策委員長も兼務しています。
Q3:ラサール石井は現在も芸能活動をしていますか?
A3:芸能界を引退したわけではありません。2025年10月には、長期の舞台出演は難しい一方でライブ活動は可能だと本人が話しています。現在は国会議員としての活動を優先しています。
Q4:ラサール石井の学歴は?早稲田大学を卒業していますか?
A4:鹿児島ラ・サール学園高等学校を卒業後、早稲田大学第一文学部に進学しましたが、卒業ではなく除籍となっています。
Q5:ラサール石井の最初の妻との離婚理由は何ですか?
A5:1995年ごろから約15年間別居していたことが報道されています。2011年1月に離婚が成立しましたが、所属事務所は当時、具体的な離婚理由は把握していないとコメントしています。
Q6:ラサール石井の現在の妻は何歳年下ですか?
A6:2012年の再婚時、妻は24歳でラサール石井さんは56歳でした。そのため、当時の年齢差は32歳です。「24歳年下」ではなく「32歳年下」が正確な表現です。
ラサール石井さんの2026年現在を整理すると、芸能界で長年築いてきた実績を土台に、政治家として新しいキャリアを歩んでいることが分かります。
2025年7月の参院選で初当選し、同年9月に社民党副党首へ就任。さらに2026年4月には幹事長となり、国会対策委員長と選挙対策委員長を兼務する立場になりました。
芸能活動では、コント赤信号、両津勘吉役、舞台演出家としての受賞歴など、幅広い実績を残しています。現在は政治活動を優先していますが、ライブや舞台芸術との関わりを完全に断ったわけではありません。
学歴についてはラ・サール高校卒業、早稲田大学第一文学部除籍という経歴が正確です。結婚歴は1979年の初婚、2011年の離婚、2012年の再婚という流れで、再婚相手との年齢差は32歳でした。
【プロの結論】
ラサール石井さんの現在を理解するうえで、最も重要なのは「芸能人が政治家になった」という肩書の変化だけで判断しないことです。
注目すべきなのは、2026年に社民党幹事長という実務的な責任を担い、財政金融委員会などの国会活動にも携わっている点です。今後の評価は、知名度や過去の芸能実績だけではなく、国会での質問、政策提案、党運営、選挙での成果によって決まっていきます。
一方、芸能界で培った表現力や発信力は、政治活動においても独自の強みになり得ます。舞台やライブで人々に伝えてきた経験を、どのように国民への説明や政策発信に結び付けていくのかも見どころです。
71歳を迎えた2026年、ラサール石井さんはタレントとしての過去を持ちながら、社民党の執行部と国会の両方を担う政治家へと活動の軸を移しています。これからは芸能界での活躍だけでなく、参議院議員としてどのような実績を積み上げるのかが、最も注目されるポイントです。