「セガサターン、シロ!」という力強い掛け声とともに、画面いっぱいに登場する柔道着姿の男。1990年代後半、セガサターンのテレビCMで圧倒的な存在感を放ったキャラクターが、せがた三四郎だ。演じていたのは、初代『仮面ライダー』の本郷猛役でも知られる俳優・武道家の藤岡弘、である。
1997年から1998年にかけて展開されたCMシリーズは、博報堂のクリエイティブチームと藤岡弘、の熱意によって生まれた。制作されたCMは全19本。炎の中への突入、氷上での疾走、巨大なセガサターンを背負う修行、そして宇宙で散る衝撃的な最終回まで、一般的なゲーム広告の枠を大きく超えた内容だった。2026年現在も語り継がれる理由は、単なる懐かしさだけではない。
【正体を解説】せがた三四郎を演じたのは藤岡弘、!どんな人物だったのか

せがた三四郎は、セガが家庭用ゲーム機「セガサターン」の販売促進を目的に生み出した広告キャラクターだ。実在する人物ではなく、藤岡弘、の俳優としての存在感や武道家としての身体能力を全面的に取り入れた架空の人物である。
特徴は、白い道着、厳しい表情、圧倒的な体格、そして遊びに対する異様なまでの真剣さ。ゲーム以外の娯楽に夢中になる若者たちの前に突然現れ、柔道技を繰り出した後にセガサターンを掲げるという、常識外れのキャラクターだった。
演者・藤岡弘、のプロフィールと起用の説得力藤岡弘、は1965年に松竹映画でデビュー。1971年のテレビシリーズ『仮面ライダー』で主人公・本郷猛を演じ、一躍全国的な知名度を獲得した俳優だ。
その後も映画、テレビドラマ、アクション作品などで活躍。武道家としての経験を持ち、アクションシーンではスタントに頼らず、自ら演じることにもこだわってきた。
藤岡弘、の公式プロフィールでも、仮面ライダーをはじめとする代表的な出演歴と、セガサターンの広告キャラクター「せがた三四郎」がCMでの主要実績として紹介されている。
この経歴が、せがた三四郎のキャラクターと見事に重なった。柔道着姿の男が本気で若者を叱り、ゲームに命を懸けるという設定に、藤岡弘、ほど説得力を与えられる俳優は多くなかったはずだ。
「せがた三四郎」という名前の由来名前には、柔道家を主人公とした富田常雄の小説や、黒澤明監督の映画でも知られる『姿三四郎』とのつながりがある。
「姿三四郎」を思わせる名前に、セガの名前を組み込んだ「せがた三四郎」。柔道家のイメージを借りながら、セガサターンを遊ぶことを人生の修行にまで高めたネーミングだった。
ここで重要なのは、せがた三四郎が単なるゲーム機の宣伝担当者ではなかったことだ。ゲームを真剣に楽しむという価値観を体現する、独立したキャラクターとして設計されていた。
【誕生秘話】なぜ藤岡弘、が起用された?博報堂が仕掛けた広告戦略
せがた三四郎が誕生した背景には、1990年代後半の家庭用ゲーム機市場における激しい競争があった。
セガサターンは1994年11月22日に発売された32ビット家庭用ゲーム機で、同年12月にはソニー・コンピュータエンタテインメントのPlayStationも登場した。両社は次世代ゲーム機市場で激しい競争を繰り広げていた。
そのなかで、PlayStationは広告展開でも勢いを見せていた。セガ側が必要としていたのは、単にソフトの魅力を説明するCMではなく、視聴者が思わずテレビ画面に目を向けるような強烈な広告だった。
博報堂・安藤宏治氏が考えた「大きな広告フレーム」2013年3月に開催された「せがた三四郎劇場」では、CMを手がけた博報堂のクリエイティブディレクター安藤宏治氏が、企画誕生の経緯を明かしている。
安藤氏によると、当時はPlayStationの勢いが強く、CMの内容も活発だった。そこで、個々のゲームを別々に宣伝するのではなく、すべてのCMを共通する大きな広告フレームの中に収める構想が生まれた。
その中心人物として考案されたのが、せがた三四郎だった。
つまり、19本のCMは単なる独立した広告作品ではない。共通のキャラクターと世界観を持たせることで、どのソフトの宣伝であってもセガの広告だと認識させる仕組みだったのである。
藤岡弘、以外は考えられなかった理由安藤氏は2013年のトークイベントで、企画当初から藤岡弘、に出演を依頼する考えだったと振り返っている。
さらに2019年のセガフェスでは、藤岡本人も博報堂の担当者から絵コンテを見せられた際のエピソードを披露した。そこに描かれていたキャラクターの顔が、すでに自分そっくりだったという。
「あなたしか考えていない」
これは藤岡弘、が2019年のイベントで紹介した、担当者からの熱烈なオファーを象徴する言葉だ。
藤岡は企画の真剣さに引きつけられ、自分の生き方を表現できる役だと感じて出演を決めたという。
ただし、当初の設定には本人も戸惑いがあった。野球を楽しむ子供やクラブで遊ぶ若者を投げ飛ばすという内容に、藤岡は疑問を抱いた。しかし、父親から受けた厳しい教育を思い出し、愛情を持って真剣に演じようと決意したと語っている。
ここに、せがた三四郎の面白さの核心がある。コミカルな映像でありながら、演じる本人は決してふざけていなかったのだ。
CM制作の博報堂と実際の制作会社せがた三四郎の広告キャンペーンを企画・制作面で主導したのは博報堂のクリエイティブチームだった。
一方、実際の映像制作に関しては作品ごとにスタッフのクレジットがある。たとえば、放送ライブラリーに記録されている1998年の「ワールドカップ せがたキーパー」では、広告会社が博報堂、制作会社がパラゴンと記載されている。
同資料には、プランナーの安藤宏治氏、ディレクターの神谷佳成氏など、制作に携わったスタッフの名前も残されている。
博報堂が広告全体の企画を担い、映像制作の専門スタッフが各作品を形にする。この役割分担も、シリーズを支えた重要な要素だった。
【全19本を総整理】1997〜1998年のCMシリーズと歴史的な展開
せがた三四郎のテレビCMは、1997年末から1998年にかけて集中的に展開された。2013年のイベントでは、安藤宏治氏が1年足らずで全19本を制作したと明かしている。
CMは最初から最後まで同じパターンを繰り返したわけではない。初期はセガサターン以外の遊びに興じる人々に喝を入れる内容が中心だったが、次第に宣伝対象となるゲームの世界観を取り込んだ作品へと進化した。
せがた三四郎のCM題材19本シリーズの全体像を理解するうえで重要なのが、ゲームタイトルとCMの内容の組み合わせだ。主な題材を整理すると、次のようになる。
- 『ソニックR』篇:野球を楽しもうとする少年たちの前に登場。シリーズ初期を象徴する作品。
- 『シャイニング・フォースIII』篇:クラブで踊る若者たちに柔道技を繰り出す、強烈な内容。
- 『サターンボンバーマンファイト!!』篇:投げ飛ばされた人物が爆発するという、シュールな演出が特徴。
- クリスマス・三シローディスク篇:サンタクロースに扮した三四郎が子供たちの前に現れる。
- 年末年始・修行篇:巨大なセガサターンを背負って山中で修行する。
- 『ソロ・クライシス』篇:頭脳ゲームの宣伝で、頭突きによる瓦割りを披露。
- 『AZEL -PANZER DRAGOON RPG-』篇:龍の面をかぶり、炎の中で龍の舞を披露する。
- 『Winter Heat』篇:本物のスケートリンクを裸足で走る異色のアクション。
- 『プロ野球チームもつくろう!』篇:ゲーム監修を担当した野茂英雄への感謝を表現。
- 『バーニングレンジャー』篇:火災現場に飛び込み、取り残された姉妹を救出する。
- 『GREATEST NINE '98』篇:バッティングセンターで豪快な野球アクションを披露。
- 『ザ・ハウス・オブ・ザ・デッド』篇:ゾンビを相手に奮闘するが、最後には追い詰められる。
- 『ドラゴンフォースII』篇:せがた三四郎が次々に増えていく大人数の演出。
- 『サクラ大戦2』篇:真宮寺さくらと桜の舞う中で交流する、シリーズでも異色の内容。
- 『DEEP FEAR』篇:暗い雰囲気の中で魚をさばくという意外な展開。
- 『ワールドカップ'98 フランス』篇:ゴールキーパーとなり、ゴールを守るために豪快な行動に出る。
- 『日本代表チームの監督になろう!』篇:監督として試合に介入するサッカーCM。
- 『バッケンローダー』篇:独自のゲームチャートを使って作品の特徴を紹介。
- 『せがた三四郎 真剣遊戯』篇:本人が主人公となるゲームを宣伝し、シリーズの最終章を飾った。
なお、上記は19本のシリーズを題材・ゲーム別に整理したもの。ゲーム発売告知の予告映像や短尺版、異なる編集バージョンを別に数える場合は、CMの本数が異なる資料もある。
1997年から2026年までの主要な年表広告キャンペーンの誕生から、その後の復活までを時系列で見ると、せがた三四郎がセガの歴史の中で果たした役割が分かる。
| 時期 | 出来事 | 意味・関連人物 |
|---|---|---|
| 1994年11月 | セガサターン発売 | PlayStationなどとの競争が始まる |
| 1997年末 | せがた三四郎のCM展開開始 | 藤岡弘、を起用した広告戦略 |
| 1998年2月15日 | 主題歌CD発売 | 「セガサターン、シロ!」が音楽作品としても展開 |
| 1998年10月 | 『せがた三四郎 真剣遊戯』発売 | キャラクター自身がゲームの主役になる |
| 1998年秋 | 最終CM「真剣遊戯」篇 | ドリームキャストへの移行を前に物語が完結 |
| 2013年3月 | せがた三四郎劇場 | 藤岡弘、・安藤宏治氏が制作秘話を披露 |
| 2015年11月 | 『PROJECT X ZONE 2』参戦 | ゲームキャラクターとして再登場 |
| 2019年3月 | セガフェス2019で復活 | 藤岡弘、が22年ぶりにせがた三四郎として登場 |
| 2020年3〜6月 | 「せが四郎」動画シリーズ | 藤岡真威人と藤岡弘、が親子初共演 |
| 2026年11月 | 周年企画のアーカイブなどで継承 | セガの広告史を象徴するキャラクターとして記憶される |
安藤氏は2013年のイベントで、せがた三四郎は絵コンテを描き始めると自然に動き出すようなキャラクターだったと振り返っている。
これは、キャラクターの性格と広告の方向性が最初から一致していたことを意味する。
野球なら野球、サッカーならサッカー、ホラーならゾンビというように、題材が変わっても、真剣に遊ぶ師匠という基本設定は変わらない。そのため、毎回異なる映像を制作しても、シリーズ全体の統一感を維持できた。
【撮影裏話】40kgの巨大サターンから炎と氷まで!藤岡弘、の本気がすごい
せがた三四郎のCMが現在まで語り継がれる大きな理由の一つが、撮影現場の過酷さだ。
映像ではコミカルに見える場面も、実際には藤岡弘、本人が体を張って撮影していた。2013年と2019年のイベントでは、本人と制作関係者から当時のエピソードが明かされている。
巨大なセガサターン模型は約40kg特に有名なのが、巨大なセガサターンを背負って山道を走る修行篇だ。
藤岡が背負っていたのは、実際のゲーム機ではなく、木製で作られた巨大な模型だった。その重量は約40kg。安藤氏は、持ちにくさやバランスの悪さもあり、体感では約80kgに感じられたのではないかと説明している。
加えて、藤岡は裸足で砂利道を走っていた。足裏には石が食い込み、撮影後には血まみれになるほどだったという。
コントローラーを正拳突きで連打する場面も、単なる演技ではなかった。藤岡が本気で打ち込んだ結果、巨大コントローラーのボタンが破損し、撮影後には血が付着していたというエピソードも残っている。
炎の中への突入と裸足でのスケートリンク疾走『バーニングレンジャー』篇では、火災現場に取り残された姉妹を助けるため、燃え上がる現場へ飛び込む。
さらに『Winter Heat』篇では、実際のスケートリンクを裸足で走るという撮影が行われた。
藤岡弘、は後年のインタビューで、CGを使わない炎の撮影では眉毛が焼け落ちたことや、氷上を素足で走ったことを振り返っている。
2013年のイベントでも、炎の現場と氷の現場を経験したことが話題になった。安藤氏によれば、後期のCMではCGを使わず、スタントマンにも頼らないという方針が徹底されていた。
瓦割りも実際に挑戦していた『ソロ・クライシス』篇では、頭を使うゲームの宣伝に合わせ、せがた三四郎が頭突きで瓦を割るという演出が登場する。
このシーンも特撮ではなく、藤岡本人が実際に挑戦したものだった。
2013年のトークイベントで安藤氏が明かしたところでは、割れるように工夫された瓦を用意していたものの、スタッフが試した際には思うように割れなかった。そこで藤岡が挑戦し、3回目のテイクで成功したという。
藤岡自身も、挑戦には恐怖があったと笑いながら振り返っている。
制作陣が大切にしていた「師弟愛」CMを手がけた安藤氏が明かしたシリーズ全体のテーマは「師弟愛」だった。
せがた三四郎は、ただゲームを買わせるために若者を叱る存在ではない。遊びに対しても真剣に向き合い、途中で投げ出さず、最後まで取り組む姿勢を教える師匠として描かれていた。
そのため、映像の中での厳しさと、藤岡弘、本人が語る愛情や教育の考え方が結びついていた。
視聴者が笑いながらも、どこか本物のヒーローを見ているように感じたのは、この制作姿勢があったからだろう。
【最終回の真相】せがた三四郎はなぜ宇宙で散った?ゲーム化までの展開
シリーズの最後を飾ったのは、セガサターン用ソフト『せがた三四郎 真剣遊戯』のCMだった。
それまでのCMとは異なり、せがた三四郎自身がゲームの主人公になるという展開は、キャラクターの人気が単なる広告の枠を超えたことを示していた。
最終回はドリームキャストを守る壮大な物語最終CMでは、次世代ゲーム機ドリームキャストの発売を控えたセガ本社が、謎の敵によるミサイル攻撃を受ける。
そこへ登場したせがた三四郎は、ミサイルを受け止め、セガを守るために軌道を宇宙へと変える。
そしてミサイルにしがみついたまま宇宙空間へ飛び出し、最後に「セガサターン、シロ!」と叫びながら爆発する。
最後には尾美としのりによるナレーション「せがた三四郎は、君たちの心に」という言葉が入り、青空に三四郎の笑顔が重なる。
単なるゲームCMとしては異例の、ヒーローの最期を描くドラマチックな結末だった。
なぜ60秒のCMになったのか通常のテレビCMは15秒や30秒が中心だったが、この最終回は60秒という長さで制作された。
2013年のイベントで安藤氏は、ドリームキャストの登場を聞いた時点で、せがた三四郎の最終回を作ることを決めていたと説明している。
藤岡弘、や制作スタッフへの感謝と尊敬を込めて映像を制作した結果、伝えたい思いが大きくなり、通常より長い60秒の作品になったという。
撮影当日、藤岡はこれが最後だという思いを抱いていた。最後に叫ぶ場面では涙を浮かべているように見え、スタッフも思わずもらい泣きしたと安藤氏は振り返っている。
爆発の瞬間にパラシュートで脱出していたという噂最終回には、現在までファンの間で語られる小さな謎がある。
それは、ロケットが爆発する場面の画面右上に、人影のようなものが映っているというものだ。
そこから「せがた三四郎は実は脱出していたのではないか」という説が生まれた。
しかし、2013年のイベントで安藤氏は、この映像は制作スタッフが意図して入れたものではないと説明している。
一方で、安藤氏はイベントで復活したせがた三四郎の姿に触れ、スタッフの知らないところで脱出していたのかもしれないという趣旨のユーモアも交えて語った。
したがって、パラシュート脱出は公式に設定された事実ではない。ファンが最終回を楽しむために生まれた、印象的な解釈の一つと考えるのが妥当だ。
『せがた三四郎 真剣遊戯』とはどんなゲーム?『せがた三四郎 真剣遊戯』は、1998年10月29日に発売されたセガサターン用のバラエティゲームだ。
ゲームの内容は、せがた三四郎のCMをモチーフにしたミニゲーム集。瓦割りやボタン連打など、CMでおなじみの世界観を実際に遊べるようにした作品である。
ゲーム情報を扱うBEEPの製品紹介では、10種類のミニゲームが収録されていると説明されている。
特徴は、一般的な娯楽ゲームとは異なる厳しいクリア条件だ。タイトルの「真剣遊戯」が示すとおり、プレイヤーにも修行のような真剣さを要求する設計だった。
ゲームを遊ぶことそのものを修行に変えてしまう。この発想は、せがた三四郎というキャラクターをゲーム化するうえで、非常に自然な方向性だった。
【評判と現在】なぜ今も人気なのか?2019年の復活と2020年のせが四郎
せがた三四郎の評価を考えるとき、重要なのはCMの面白さだけではない。広告キャラクターが、ファンにとって一つの独立した作品として記憶されるようになった点だ。
主題歌「セガサターン、シロ!」も人気にCMシリーズを象徴する楽曲が「セガサターン、シロ!」だ。
作詞はCMプランナーの安藤宏治氏。楽曲は1998年2月15日にCDシングルとして発売された。
CMで流れる力強い歌声と繰り返されるフレーズは、映像と一体になって視聴者の記憶に残った。CDは約10万枚に迫るヒットとして紹介されており、広告用の楽曲としては大きな存在感を示した。
また、CMソングには、とみたいちろうによる歌唱版のほか、藤岡弘、本人が歌うバージョンも収録された。
「セガサターン、シロ!」に込められた二重の意味この決めゼリフには、ゲーム機を遊ぶように促す「セガサターンをしろ」という意味がある。
加えて、セガサターンにはグレーからミストグレーへと本体カラーを変更したモデルがあり、一般に白サターンと呼ばれていた。
そのため「シロ!」という言葉には、ゲームを遊べという命令形と、白いセガサターンをアピールする意味が重なっていた。
セガ公式のハード資料には、1997年末のプロモーションでせがた三四郎を起用したことや、購入者向けに体験版CD-ROM「お楽しみ3シロ!DISC」を配布したキャンペーンも記録されている。
つまり、この言葉は単なる勢いのあるキャッチコピーではなく、当時の商品の特徴と販売施策を結びつけた広告表現でもあった。
2013年、制作スタッフと藤岡弘、が当時を振り返る2013年3月16日には、東京テレビセンターで「せがた三四郎劇場feat.藤岡弘、&セガサウンドユニット[H.]」が開催された。
このイベントでは藤岡弘、だけでなく、博報堂の安藤宏治氏も登壇。誕生秘話、CM制作の背景、撮影の過酷さ、最終回の思い出などが語られた。
チケットは発売後すぐに完売するほどの人気で、イベントでは懐かしいCM映像や楽曲も披露された。
当時の広告が単なる昔のテレビCMではなく、現在のファンにも共有されるコンテンツになっていたことが分かる。
2019年、22年ぶりにせがた三四郎が復活2019年3月30日、ベルサール秋葉原で開催された「セガフェス2019」のセガサターン25周年大感謝祭ステージに、藤岡弘、がせがた三四郎の姿で登場した。
約22年の時を経た復活は、大きな話題となった。
当時のCMを担当した安藤氏ら関係者も参加し、CMの映像を振り返りながら撮影秘話を披露。イベントの最後には、藤岡弘、が「セガサターン、シロ!」を歌い、会場全体で合唱する場面もあった。
ファンにとっては、宇宙で散ったはずのヒーローが帰還した瞬間だった。
2020年の「せが四郎」は藤岡真威人が演じた2020年3月25日、セガは設立60周年プロジェクトの一環として、新キャラクター「せが四郎」を発表した。
演じたのは藤岡弘、の実の長男である俳優・藤岡真威人。父親が演じたせがた三四郎とは別のキャラクターとして登場し、セガを愛する青年の成長を描く全3話の動画シリーズが制作された。
第1話は「登場篇」、第2話は「秘密篇」、第3話は「決意篇」。最終話では藤岡弘、も登場し、親子初共演が実現した。
この企画は、単純にせがた三四郎のCMを再制作したものではない。セガ60周年を機に、新しい世代へブランドの歴史と精神を伝えるための企画だった。
2026年11月現在、せがた三四郎のオリジナルCMシリーズは1998年に完結した歴史的な広告作品として位置づけられる。一方、2019年の復活と2020年のせが四郎企画によって、その存在は次の世代にも引き継がれている。
【プロの結論】せがた三四郎が90年代広告史に残したもの
せがた三四郎の成功を分析すると、現代の広告制作にも通じる3つのポイントが見えてくる。
1. 商品より先にキャラクターを記憶させた通常のゲーム広告では、ゲーム画面やキャラクター、システムなど商品そのものを中心に訴求する。
しかし、せがた三四郎のCMは、まず視聴者に強烈な人物像を印象づけた。どのソフトの広告でも、道着姿の男が登場すればセガのCMだと分かる。これはシリーズ化によってブランド認知を高める手法として非常に優れていた。
2. 演者とキャラクターの境界をなくした藤岡弘、の真剣な表情や身体能力は、せがた三四郎のキャラクター設定と自然に一致していた。
演者が役を演じているというより、藤岡弘、本人の生き方がキャラクターの中に反映されているように感じられたことが、ほかの広告キャラクターとの差別化につながった。
3. 広告を一つのエンターテインメントに変えた19本のCMは、ゲームソフトを宣伝するだけでなく、毎回新しいストーリーを見せる短編作品でもあった。
炎、氷、ゾンビ、サッカー、野球、恋愛ゲームと題材が変わっても、キャラクターの芯は揺らがない。この一貫性が、シリーズを単発の広告から継続して楽しめるコンテンツへと変えた。
ただし、CMの知名度とゲーム機の販売実績は別の評価軸だ。広告が大きな話題になったことだけをもって、セガサターンの市場競争で勝利したと評価することはできない。
せがた三四郎の本当の功績は、ゲーム機の販売だけでは測れない。広告キャラクターが独自の物語を持ち、楽曲やゲーム、イベントへと展開し、20年以上後にもファンが集まる文化的な存在になったことにある。
せがた三四郎に関するよくある質問(FAQ)
Q1:せがた三四郎を演じていた俳優は誰ですか?
A1:俳優・武道家の藤岡弘、です。1971年の『仮面ライダー』で本郷猛を演じた人物で、1997年末から1998年にかけてセガサターンのCMに出演しました。
Q2:せがた三四郎のCMは全部で何本ありますか?
A2:制作を担当した博報堂の安藤宏治氏によると、シリーズは全19本です。1997年末から1998年にかけて短期間で制作されました。
Q3:せがた三四郎のCMはなぜ終了したのですか?
A3:セガサターンの後継機ドリームキャストの登場に合わせ、物語として最終回が制作されたためです。最後はセガ本社をミサイル攻撃から守り、宇宙で爆発するという壮大な展開でした。
Q4:「セガサターン、シロ!」のシロにはどんな意味がありますか?
A4:「セガサターンで遊べ」という命令形と、ミストグレーの白サターンをアピールする意味が重なっています。
Q5:せがた三四郎はゲーム化されていますか?
A5:はい。1998年10月29日にセガサターン用ソフト『せがた三四郎 真剣遊戯』が発売されました。CMをモチーフにしたミニゲームを楽しめる作品です。
Q6:最終回でせがた三四郎は本当に死亡したのですか?
A6:CMの映像ではミサイルとともに爆発していますが、キャラクターの生死について現実の設定のような公式説明があるわけではありません。画面右上にパラシュートらしきものが映るという説もありますが、制作側は意図的な脱出演出ではなかったと説明しています。
Q7:2026年現在、せがた三四郎は復活していますか?
A7:2019年のセガフェス2019で藤岡弘、がせがた三四郎として復活しました。また2020年には息子の藤岡真威人が新キャラクター「せが四郎」を演じ、父子共演を実現しています。
せがた三四郎は、藤岡弘、の俳優としての存在感と武道家としての身体能力、博報堂のクリエイティブチームの発想が結びついて誕生した、1990年代を代表する広告キャラクターだ。
1997年末から1998年にかけて制作された全19本のCMは、単なる商品広告にとどまらなかった。巨大なセガサターンを背負う修行、炎や氷への挑戦、ゲームごとに変化する物語、そして宇宙で散る最終回まで、一貫して「真剣に遊ぶ」という精神が貫かれていた。
2019年の復活イベント、2020年のせが四郎企画は、せがた三四郎が一時代の広告キャラクターで終わらなかったことを示している。
2026年に改めて振り返ると、せがた三四郎の最大の魅力は、広告のために作られた人物でありながら、広告の枠を超えた物語を持っていたことだ。
「セガサターン、シロ!」という短い言葉に込められていたのは、商品の宣伝だけではない。何事にも本気で向き合い、遊びにも全力を注ぐという、せがた三四郎ならではの生き方だった。
だからこそ、宇宙で散ったはずのヒーローは、今もセガの歴史を語るときに欠かせない存在であり続けている。
主な確認資料: セガ公式「セガハード大百科」「セガ設立60周年プロジェクト」、ファミ通の2013年制作秘話レポート、4Gamerの関係者トークイベント報告、放送ライブラリーのCM制作記録、藤岡弘、公式プロフィール。