日産野球部は、2009年の休部から16年の時を経て、2025年に活動を再開した社会人野球の名門チームだ。2026年シーズンは、白根羽琉、堀川怜央、笠井陽介の新加入3選手を迎え、総勢25人で復活2年目に挑んでいる。
2026年11月2日現在、日産自動車硬式野球部は第51回社会人野球日本選手権大会に17年ぶりに出場。11月1日の初戦では前年優勝チームのヤマハと対戦し、4対5で惜敗した。一方、夏の都市対抗野球大会では西関東予選を突破できず、全国大会出場を逃している。復活後初めて全国大会の舞台に戻った日産野球部は、名門復活に向けた新たな段階に入った。
【2026年最新】日産野球部の現在は日本選手権出場、初戦は1点差の惜敗

2026年の日産野球部を語るうえで、最も大きなニュースは社会人野球日本選手権大会への出場だ。
2025年に活動を再開したチームは、復活2年目となる2026年に関東代表決定戦を勝ち抜き、第51回社会人野球日本選手権大会への出場権を獲得した。2009年以来、実に17年ぶりの全国大会復帰となった。
11月1日、日本選手権初戦でヤマハと対戦2026年11月1日、京セラドーム大阪で行われた1回戦の相手はヤマハ。日産は初回、4番捕手の比嘉久人が先制2ランを放ち、幸先のよいスタートを切った。
しかし、5回にヤマハの反撃を受けて逆転を許す。2対5で迎えた9回には、石毛大地主将の適時打と川副寿来の適時打で1点差まで迫ったものの、最後は及ばず、4対5で試合終了となった。
日刊スポーツの試合報道によると、日産は最後まで粘り強く攻撃を続け、前年優勝チームを相手に接戦を演じた。伊藤祐樹監督も、応援に応える試合ができたという趣旨のコメントを残している。
全国大会で勝ち上がるという目標は次回以降に持ち越されたが、復活したチームが全国の強豪と互角に渡り合うための経験を得た試合だった。
2026年の都市対抗野球大会は西関東予選で敗退一方、夏の第97回都市対抗野球大会では、全国大会への出場を果たせなかった。
日産は西関東予選で全川崎クラブを9対0、ENEOSを6対5で破り、勝ち上がった。しかし、その後は東芝に4対5、三菱重工Eastに2対8で敗れ、代表権を獲得できなかった。
都市対抗出場を逃した悔しさを残しながらも、秋の日本選手権関東代表決定戦では再び力を発揮。茨城トヨペットに12対3、明治安田に7対0で勝利し、東京ガスには2対7で敗れたものの、敗者復活戦でセガサミーを6対4で破って全国大会への切符をつかんだ。
2026年は都市対抗に出場できず、日本選手権には出場した。この2つを区別することが、現在の日産野球部を正しく理解するポイントになる。
【2009年休部から2025年復活へ】日産野球部の歴史と再始動の経緯
日産自動車本社硬式野球部は、1959年に創部された歴史ある企業チームだ。長年にわたって社会人野球の第一線で活躍してきたが、2009年、世界金融危機などを背景とする経営環境の悪化を受け、活動休止を余儀なくされた。
当時のチームには都市対抗野球大会で優勝2回、日本選手権大会で優勝1回という実績があった。休部は単なるチーム編成の変更ではなく、長年築いてきた企業スポーツの歴史が途切れる出来事だった。
活動再開までの重要な転換点| 時期 | 関係する人物・組織 | 出来事と意味 |
|---|---|---|
| 1959年 | 日産自動車本社野球部 | 創部。企業スポーツの歴史が始まる。 |
| 1984年 | チーム | 都市対抗野球大会で初優勝。 |
| 1998年 | チーム | 都市対抗野球大会で2度目の優勝。 |
| 2003年 | チーム | 社会人野球日本選手権大会で初優勝。 |
| 2009年 | 日産自動車 | 経営環境の悪化を背景に休部。 |
| 2023年9月12日 | 日産自動車 | 本社野球部と九州野球部の活動再開を発表。 |
| 2023年12月21日 | 伊藤祐樹 | 本社野球部の監督就任予定者として発表。 |
| 2025年2月17日 | 日産自動車本社野球部 | スタッフと選手22人の新体制を発表。 |
| 2025年7月2日 | 新生日産野球部 | 都市対抗西関東予選で活動再開後の公式戦初勝利。 |
| 2026年1月13日 | 白根羽琉・堀川怜央・笠井陽介 | 新加入3人を発表。総勢25人体制へ。 |
| 2026年10月6日 | チーム | 日本選手権関東代表決定戦を突破。 |
| 2026年11月1日 | チーム | 17年ぶりの日本選手権でヤマハに4対5で惜敗。 |
大きな転換点は2023年9月12日だ。この日、日産自動車は本社野球部と日産自動車九州野球部の活動再開を正式発表した。本社チームは2025年、九州チームは2024年からの再始動を目指す計画だった。
日産の発表では、野球部の復活は全国大会への出場だけを目的としたものではない。従業員の一体感やエンゲージメントの向上、地域社会への貢献も再開の目的として掲げられた。
つまり、野球部は企業文化を再構築するための象徴的な存在としても位置付けられていたのである。
復活プロジェクトを率いた伊藤祐樹監督2023年12月には、伊藤祐樹氏が本社野球部の監督就任予定者として発表された。伊藤氏は日産の社員であり、当時は三菱自動車工業岡崎野球部のヘッドコーチとして出向していた。
2024年からは復活プロジェクトに専念し、選手のスカウトやチームづくりを進めた。2025年の活動再開とともに監督に就任し、現在もチームを率いている。
2025年2月17日には、横須賀市を拠点とする新体制が発表された。投手7人、捕手2人、内野手7人、外野手6人の合計22人で再出発した。
同年7月2日の都市対抗西関東予選では、甲斐府中クラブに10対0の七回コールド勝ち。これが活動再開後の公式戦初勝利となった。長い休部期間を経たチームにとって、記録以上の意味を持つ一勝だった。
【2026年の選手一覧】新加入3人を含む25人のメンバー構成
2026年1月13日、日産自動車は新加入選手3人を正式発表した。投手2人と捕手1人という構成で、2025年から所属していた22人に加わり、チームは総勢25人となった。
2026年の新加入選手3人1.白根羽琉(しらね・はる)
背番号15・投手・右投右打・千葉経済大学出身
白根は気持ちを前面に出す投球スタイルが特徴で、フォークボールを自身の武器として挙げている。日産公式インタビューでは、三振を奪う場面だけでなく、気迫を込めた投球にも注目してほしいと語っている。
2026年の目標は、大事な試合を任される先発投手になること。日本選手権のヤマハ戦でも登板しており、今後の投手陣を支える存在として注目される。
2.堀川怜央(ほりかわ・れお)
背番号21・投手・右投右打・北海学園大学出身
堀川は大学時代、主にリリーフとして経験を積んできた投手だ。ピンチでの登板に対応する役割を長く務めたことで、タフさを身に付けたという。
公式インタビューでは、ストレートの質に自信を持っていることや、防御率1点台を個人目標に掲げていることを明かしている。先発だけでなく救援陣の選択肢を広げる存在として期待される。
3.笠井陽介(かさい・ようすけ)
背番号20・捕手・右投右打・関東学院大学出身
笠井は関東学院大学で経験を積んだ捕手。二塁送球や盗塁阻止につながる肩の強さを自分の持ち味としている。
大学時代には出場機会を得られない時期も経験し、そのなかで捕手としての強みを磨いてきた。配球や投手との連携にも意識を向けており、新加入の捕手として守備面での競争を促す存在だ。
3人に共通しているのは、大学野球での経験を持ち寄り、社会人野球という新しい環境で成長を目指している点だ。
日産野球部の現役選手25人一覧日産公式チームページに掲載されている2026年の選手を、ポジション別に整理した。
投手・9人
- 背番号11:砂川羅杏
- 背番号13:友野聡太
- 背番号14:島龍成
- 背番号15:白根羽琉
- 背番号16:深浦幹也
- 背番号17:領家佑馬
- 背番号18:阿部克哉
- 背番号19:安藤利玖
- 背番号21:堀川怜央
捕手・3人
- 背番号20:笠井陽介
- 背番号22:川副寿来
- 背番号27:比嘉久人
内野手・7人
- 背番号1:小柴滉樹
- 背番号4:角田蓮
- 背番号7:桂飛勇己
- 背番号8:山本侑汰
- 背番号9:宮原光夫
- 背番号10:鍛治園健人
- 背番号12:梅澤唯冬
外野手・6人
- 背番号0:石毛大地(主将)
- 背番号2:石飛智洋(内野手兼任)
- 背番号24:玉置健士郎
- 背番号25:朝岡慶(副主将)
- 背番号28:田中雄大
- 背番号29:宮川怜
以上、投手9人、捕手3人、内野手7人、外野手6人の計25人だ。石飛智洋は内野手・外野手の両方を担当する登録となっている。
チームをまとめるのは主将の石毛大地と副主将の朝岡慶。投手陣の厚みを増す白根、堀川と、捕手の新戦力である笠井が加わったことにより、復活2年目のチームは選手層の充実を図っている。
【歴代優勝回数と伊藤祐樹監督】日産野球部が名門と呼ばれる理由
日産自動車硬式野球部の歴史を振り返ると、休部前に築いた実績の大きさが分かる。
同部は都市対抗野球大会で2回、社会人野球日本選手権大会で1回優勝している。全国大会での優勝回数は合計3回だ。
都市対抗2回、日本選手権1回の優勝実績- 1984年:第55回都市対抗野球大会で初優勝。
- 1998年:第69回都市対抗野球大会で2度目の優勝。
- 2003年:第30回社会人野球日本選手権大会で初優勝。
2009年の休部直前にも実力を示していた。日本自動車会議所の紹介記事によると、同年の都市対抗野球大会ではベスト4に進出している。
また、2023年の日産公式発表では、都市対抗と日本選手権への通算出場回数は合計45回と紹介されていた。長年にわたり全国大会で戦ってきたチームであることが分かる。
伊藤祐樹監督の経歴と指導者としての特徴伊藤祐樹監督は、単に外部から招かれた指導者ではない。日産自動車の選手として長くプレーし、休部前のチームを知る人物だ。
日産の公式発表による主な経歴は次の通り。
- 1995年:日産自動車入社。
- 1998年・2001年・2003年:日本野球連盟ベストナイン(遊撃手部門)。
- 2003年:野球ワールドカップ日本代表主将、社会人野球日本選手権最優秀選手賞。
- 2005年:アジア大会・野球ワールドカップ日本代表主将。
- 2006年:都市対抗野球10年連続出場表彰。
- 2019年:日本野球連盟「平成のベストナイン」遊撃手部門に選出。
選手時代に日産の黄金期を経験し、休部を経て復活プロジェクトに携わった経歴は、現在のチームづくりにおいて大きな意味を持つ。
興味深いのは、2026年新加入の白根羽琉が公式インタビューで紹介した伊藤監督の言葉だ。
「今は名門と言える実力はない。一緒に名門と言われるようになろう」
これは白根が伊藤監督との会話を振り返ったものだ。過去の優勝実績だけに頼らず、現在の実力を積み上げていくという指導者の姿勢が表れている。
日産野球部にとって、歴史は誇るべき財産であると同時に、結果を求められる理由でもある。伊藤監督の役割は、過去の名門を再現することではなく、新しい世代によって名門と呼ばれるチームをつくることにある。
【横須賀の活動拠点と観戦情報】練習場所・見学・応援方法
日産野球部の本拠地は神奈川県横須賀市だ。日産自動車は2023年に活動再開を発表した際、本社野球部の活動拠点を横須賀市にすると説明している。
2023年12月には横須賀市とスポーツ振興に関する連携協定を締結。野球部を通じた地域活性化やスポーツ振興にも取り組む方針を示した。
横須賀に専用練習場はある?ここは観戦を考えている人が特に注意したい点だ。
日産の公式FAQでは、現在は専用グラウンドを持たず、横須賀近隣の施設を中心に活動していると案内されている。
また、専用練習場がないため、一般の人による練習見学は基本的にできない。横須賀に拠点があるからといって、追浜周辺に行けばいつでも練習を見られるわけではない。
なお、2025年の活動再開発表時には追浜工場内で公開練習が実施された。これは再始動を伝える特別な機会であり、通常の練習見学が常時開放されていることを意味しない。
公式戦はどこで観戦できる?日産野球部の公式戦は、大会ごとに使用球場が異なる。
- 横浜スタジアム:都市対抗野球大会の西関東予選など。
- 等々力球場:神奈川県企業大会や代表決定戦など。
- ゼットエーボールパーク:2026年の日本選手権関東代表決定戦で使用。
- 京セラドーム大阪:2026年日本選手権の全国大会会場。
日産公式FAQによれば、応援団は等々力球場には入らない一方、横浜スタジアムには入ると案内されている。応援団の参加状況も球場によって異なるため、観戦前に確認しておきたい。
後援会や一般向けファンクラブはある?公式FAQでは、一般向けの後援会は設立されていないと案内されている。社内向けには試験的な後援会活動が始まっているが、一般の人が参加できる制度については今後の検討事項とされている。
そのため、現状では一般向け後援会への加入を前提とするより、公式サイトの試合日程・結果や試合レポートを確認し、一般観戦が可能な公式戦に足を運ぶ方法が現実的だ。
【プロの結論】2026年の日産野球部は名門復活の第一段階を越えたのか
2026年の日産野球部を評価する際には、過去の優勝回数だけで判断するのではなく、活動再開後に何を達成したのかを見る必要がある。
全国大会に戻ったことは大きな前進2025年の活動再開から2年目で、日本選手権の出場権を獲得したことは重要な成果だ。
都市対抗予選では東芝や三菱重工Eastに敗れたものの、秋の日本選手権予選では敗者復活戦を勝ち抜いた。大会ごとに課題を修正し、全国大会への道を切り開いた点は評価できる。
特に、2026年10月6日のセガサミー戦を6対4で制したことは、チームの粘り強さを示す結果だった。
次の課題は全国大会での勝利一方、日本選手権ではヤマハに4対5で敗れた。9回に追い上げる力を見せたものの、全国大会で勝ち進むためには、試合中盤の失点を抑え、終盤の反撃に頼らない試合運びが求められる。
投手陣では白根や堀川ら新戦力の成長、捕手陣では笠井を含む競争がポイントになる。打線では比嘉の長打力や石毛主将の勝負強さなど、既存選手と新加入選手がどのようにかみ合うかが注目点だ。
日産野球部を応援する価値があるのはどんな人か日産野球部は、完成された常勝チームを見たい人だけでなく、休部から再始動した企業チームが再び全国の頂点を目指す過程を追いたい人にも適している。
特に、次のような視点で観戦すると、試合の見どころが広がる。
- 休部前の歴史と現在のチームを比較したい人。
- 伊藤祐樹監督のチーム再建を追いたい人。
- 白根羽琉、堀川怜央、笠井陽介ら若手の成長を見たい人。
- 都市対抗や日本選手権を通じて社会人野球を楽しみたい人。
反対に、現時点で毎年の全国大会優勝や常時公開される練習見学を期待する人は、現在の活動状況を理解しておく必要がある。
2026年の日本選手権出場は、復活のゴールではない。17年ぶりに全国大会へ戻り、強豪相手に1点差の試合を演じたことが、新しい日産野球部の現在地だ。
日産野球部に関するよくある質問(FAQ)
Q1:日産野球部は現在も活動していますか?
A1:はい。2009年の休部を経て2025年に活動を再開し、2026年も日産自動車硬式野球部として活動しています。2026年は新加入3人を含む25人の選手体制です。
Q2:日産野球部は2026年の都市対抗野球大会に出場しましたか?
A2:いいえ。2026年の西関東予選ではENEOSに勝利したものの、東芝と三菱重工Eastに敗れ、全国大会への出場権を獲得できませんでした。一方、日本選手権には出場しています。
Q3:2026年に加入した選手は誰ですか?
A3:白根羽琉、堀川怜央、笠井陽介の3人です。白根と堀川は投手、笠井は捕手として加入しました。
Q4:日産野球部の監督は誰ですか?
A4:伊藤祐樹監督です。日産自動車出身の元選手で、2003年の社会人野球日本選手権では最優秀選手賞を受賞しています。2025年の活動再開時からチームを率いています。
Q5:日産野球部の練習場所はどこですか?見学できますか?
A5:神奈川県横須賀市を拠点とし、近隣の施設を中心に練習しています。公式FAQでは専用グラウンドはなく、一般の練習見学は基本的にできないと案内されています。
Q6:日産野球部は過去に何回優勝していますか?
A6:都市対抗野球大会で2回(1984年・1998年)、社会人野球日本選手権大会で1回(2003年)の合計3回です。
日産野球部は2009年に休部し、2025年に16年ぶりの活動再開を果たした。2026年は白根羽琉、堀川怜央、笠井陽介の3人が加わり、総勢25人で復活2年目を戦った。
都市対抗野球大会では西関東予選で敗退したものの、日本選手権では関東代表決定戦を勝ち抜き、17年ぶりの全国大会出場を実現。11月1日のヤマハ戦では4対5と惜敗したが、最後まで勝利を追い求める姿勢を見せた。
歴代の優勝実績は都市対抗2回、日本選手権1回。伊藤祐樹監督を中心に、過去の伝統を受け継ぎながら新しいチームを築いている。
名門復活を本当に成し遂げたかどうかは、これからの全国大会での結果が示していく。2026年の日本選手権出場は、そのための重要な一歩となった。今後は25人の選手がどのように成長し、再び全国大会で勝利を重ねていくのかに注目したい。
2027年以降の日産野球部を追うなら、公式チーム情報、選手一覧、試合日程・結果の3つを継続的に確認することが、復活の歩みを理解する近道になる。
主な情報根拠: 日産自動車公式ニュースリリース・硬式野球部公式チーム情報・試合日程結果、日本野球連盟、日本自動車会議所、日刊スポーツ。