2026年10月現在、たけし軍団のメンバーは誰が残っているのか。結成時からのメンバーと現在の所属タレントを整理すると、ガダルカナル・タカ、つまみ枝豆、ダンカン、松尾伴内、ラッシャー板前、井手らっきょ、柳憂怜らが、それぞれ芸能活動を続けている。水道橋博士も所属事務所TAPの公式タレント一覧に掲載されている。一方、初期メンバーだった東国原英夫(そのまんま東)と大森うたえもんは、すでに軍団を離れている。
2026年の最新動向として見逃せないのが、グレート義太夫さんの逝去だ。所属事務所TAPは2026年9月8日、同氏が前日の9月7日に67歳で亡くなったと発表した。長年親しまれてきた軍団の歴史にとっても、大きな節目となった。
【2026年最新】たけし軍団メンバーは現在誰がいる?TAP所属者を一覧で整理

現在のたけし軍団を理解するには、歴代の軍団員と、現在の所属事務所を分けて考える必要がある。
かつてのたけし軍団は、ビートたけしの弟子たちを中心に、テレビ番組や舞台などで集団として活動した芸能グループだった。しかし、メンバーの独立や俳優・政治家への転身、事務所の経営体制変更などを経て、現在はそれぞれの仕事を中心に活動している。
株式会社TAPの公式タレント一覧には、2026年10月時点で、たけし軍団の中心メンバーだった次の人物が掲載されている。
- ガダルカナル・タカ
- つまみ枝豆
- 松尾伴内
- ダンカン
- ラッシャー板前
- 井手らっきょ
- 水道橋博士
- 柳憂怜(俳優部門)
ただし、これはTAPの所属タレント一覧であり、たけし軍団の現役メンバーを正式に認定する名簿ではない。歴代軍団員であることと、現在TAPに所属していることは別の情報だ。
現在の中心人物はガダルカナル・タカとつまみ枝豆軍団を代表する存在として知られるガダルカナル・タカは、現在もテレビ出演を継続している。TAPの公式プロフィールでは、静岡朝日テレビの情報番組「とびっきり!しずおか」への出演が紹介されている。2026年10月30日には、フジテレビONE「THE われめDEポン」への生出演も公式スケジュールに掲載された。
つまみ枝豆は、芸能活動だけでなく事務所経営を担う立場にある。株式会社TAPの公式会社概要では、代表取締役として青木隆彦の名前が記載されている。これは、つまみ枝豆の本名だ。
ダンカンも芸能活動を続けながら、TAPの経営に携わっている。テレビ出演、ラジオ、執筆など活動領域は広く、2026年には鈴木おさむとの共著を発売したことも文化放送の番組で紹介された。
2026年に確認しておきたいグレート義太夫さんの訃報グレート義太夫さんについては、TAPの公式タレント一覧に名前が残っているものの、2026年9月8日に同社が逝去を正式発表している。
TBS NEWS DIGの報道によると、亡くなったのは9月7日で、満67歳だった。1983年にビートたけしに弟子入りし、たけし軍団の一員としてバラエティー番組などで活躍した人物である。
したがって、2026年10月現在の活動中の所属者と、歴代メンバーを一覧で確認する場合は、同氏を現役メンバーとして数えないことが大切だ。
【歴史を整理】たけし軍団の結成時メンバー8人と初期10人の違い
たけし軍団の結成は1983年。正式結成までの経緯には、ビートたけしの弟子が徐々に集まっていった背景がある。
東国原英夫の公式プロフィールによると、彼は1980年9月に「そのまんま東」としてビートたけしの一番弟子となった。その後、大森うたえもん、松尾伴内、ダンカン、柳ユーレイらが加わり、1983年に軍団としてまとまっていった。
1983年の結成時メンバーは次の8人FRIDAYデジタルが2023年の結成40周年インタビューで紹介した、最初にまとまった8人は以下の通りだ。
- そのまんま東(現・東国原英夫)
- 大森うたえもん
- 松尾伴内
- ダンカン
- 柳ユーレイ(現・柳憂怜)
- ガダルカナル・タカ
- ラッシャー板前
- つまみ枝豆
ここで注意したいのは、結成時の8人と、初期の主要メンバー10人は必ずしも同じ意味ではないという点だ。
その後、グレート義太夫と井手らっきょが加入し、主要メンバーは10人となった。FRIDAYのインタビューでも、2人は遅れて加入したメンバーとして紹介されている。
なぜ「たけし軍団」と呼ばれるようになったのか軍団結成の背景には、ビートたけしが弟子たちをまとめ、個人芸だけではなく集団で笑いを生み出そうとしたことがある。
1980年代のバラエティー番組では、芸人が身体を張った企画に挑戦する演出が人気を集めた。軍団員は個々の芸に加え、集団での掛け合いや体当たり企画でも存在感を発揮した。
日本テレビ系「スーパージョッキー」や「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ」などは、軍団の知名度を高めた代表的な番組だ。
軍団という呼び名は、当時のテレビディレクターだった森昌行が名付けたとスポニチは報じている。石原軍団など、当時の芸能界で知られていた「軍団」という呼称を意識したものだった。
結成40周年の2023年には初期10人が再集結2023年3月、結成40周年を記念した舞台「ウスバカゲロウな男たち」が上演された。
この公演の千秋楽には、東国原英夫と大森うたえもんがサプライズ出演。長く軍団を離れていた2人を含め、1983年にまとまった初期の主要メンバー10人が舞台上にそろった。
アサ芸プラスの2023年5月のインタビューで、大森は20年以上会っていなかったメンバーも多かったと振り返っている。かつて同じ時間を過ごした仲間が再び集まった出来事は、軍団の歴史を象徴する場面となった。
【歴代メンバー一覧表】加入・脱退・2026年の所属状況を比較
結成時の8人、後から加わった2人、さらに後輩世代の浅草キッドなどを整理すると、軍団の変遷が見えてくる。
| 人物 | 軍団での位置づけ | 2026年の状況 |
|---|---|---|
| そのまんま東(東国原英夫) | 1983年結成時の8人・一番弟子 | 2006年に軍団を離れ、政治評論家・タレントとして活動 |
| 大森うたえもん | 1983年結成時の8人 | 1990年代に離脱。宮崎を拠点に芸能・音楽活動 |
| 松尾伴内 | 1983年結成時の8人 | TAP所属。テレビ・ラジオなどに出演 |
| ダンカン | 1983年結成時の8人 | TAP所属。タレント・放送作家・執筆活動 |
| 柳ユーレイ(柳憂怜) | 1983年結成時の8人 | TAP所属。俳優として映画・ドラマに出演 |
| ガダルカナル・タカ | 1983年結成時の8人 | TAP所属。情報番組・バラエティー出演 |
| ラッシャー板前 | 1983年結成時の8人 | TAP所属。テレビ・地域番組などで活動 |
| つまみ枝豆 | 1983年結成時の8人 | TAP代表取締役。タレント・俳優として活動 |
| グレート義太夫 | 結成後に加入した初期メンバー | 2026年9月7日、67歳で逝去 |
| 井手らっきょ | 結成後に加入した初期メンバー | TAP所属。熊本を拠点にテレビ出演など |
| 水道橋博士 | 後輩世代・浅草キッド | TAP公式タレント一覧に掲載 |
| 玉袋筋太郎 | 後輩世代・浅草キッド | 2020年にTAPを退社。独立して活動 |
この表で押さえたいのは、東国原英夫と大森うたえもんが初期メンバーである一方、玉袋筋太郎は後輩世代に位置づけられるという違いだ。
また、たけし軍団は一軍・二軍・三軍などの区分を持つ大きな集団だった。週刊女性PRIMEの2023年の報道では、最盛期には50人以上が在籍したと紹介されている。したがって、初期の主要10人だけを歴代メンバー全員と考えるのは正確ではない。
【現在の活動を詳しく】ガダルカナル・タカ、つまみ枝豆、ダンカンらの2026年
軍団の中心人物たちは、同じ芸風を続けるのではなく、それぞれ異なる分野でキャリアを築いている。2026年のTAP公式プロフィールや出演情報から、主な活動を確認する。
ガダルカナル・タカ:情報番組とバラエティーの両輪ガダルカナル・タカは1956年12月16日生まれ、静岡県出身。本名は井口薫仁(いぐち・たかひと)。
軍団の番頭格として知られ、現在も情報番組やバラエティー番組で活動している。
TAP公式プロフィールでは、静岡朝日テレビ「とびっきり!しずおか」への出演を掲載。2026年10月には、同番組への生出演に加え、読売テレビ「ミヤネ屋」やフジテレビONE「THE われめDEポン」への出演情報も確認できる。
若手時代の体当たり芸から、情報を整理して伝えるコメンテーターへと仕事の幅を広げた人物だ。
つまみ枝豆:TAP代表取締役として事務所を運営つまみ枝豆は1958年6月1日生まれ、静岡県出身。本名は青木隆彦(あおき・たかひこ)。
現在の肩書きで特に重要なのが、株式会社TAPの代表取締役だ。
2018年のビートたけし独立後、枝豆は事務所の経営を引き継ぐ立場となった。2024年の日刊スポーツのインタビューでは、社長就任はたけし本人から指名されたものだったと明かしている。
2026年も芸能活動を継続しており、TAP公式スケジュールには大型ホラーフェス「上野ゾク夏祭り」への出演が掲載された。怪談を得意とする芸風も、現在の活動につながっている。
ダンカン:放送作家・タレント・経営幹部の三つの顔ダンカンは1959年1月3日生まれ、埼玉県出身。本名は飯塚実。
たけし軍団では芸人として活躍する一方、放送作家としても実績を重ねてきた。TAPでは経営にも携わり、事務所の専務として活動している。
2026年には鈴木おさむとの共著『でも大丈夫 それでも僕らは生きていく』を3月30日に発売。文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ」にも出演し、事務所運営や出版について語った。
また、2026年8月にはガダルカナル・タカとTOKYO FM「TOKYO SPEAKEASY」に出演。芸能活動だけでなく、後進や制作の仕事にも関わっている。
松尾伴内:長年のバラエティー経験を生かして活動松尾伴内は1963年5月3日生まれ、長崎県出身。本名は松尾憲造。
独特のリアクションや衣装を生かした芸風で知られ、現在もTAPに所属している。
公式プロフィールでは、MBS「痛快!明石家電視台」への出演が紹介されている。2026年9月には雑誌「FLASH」、8月にはラジオ出演も確認できる。
ラッシャー板前:旅番組の経験を生かした活動ラッシャー板前は1963年6月15日生まれ、千葉県出身。本名は鈴木浩。
代表的な出演歴として知られるのが、テレビ朝日系「朝だ!生です旅サラダ」だ。1997年4月から2022年3月まで、約25年間にわたって出演した。
2026年もTAPに所属し、同社の公式スケジュールではテレビ東京「昼めし旅」やウェブ媒体への出演が確認できる。長年培った現場対応力は、旅や地域に関係する仕事でも生かされている。
井手らっきょ:熊本を拠点にローカル番組で活躍井手らっきょは1959年12月11日生まれ、熊本県出身。本名は井手博士。
運動神経を生かした芸風で知られ、100メートル走のベストタイムは10秒89。スポーツ企画や体当たり企画で存在感を発揮してきた。
2026年のTAP公式プロフィールでは、熊本県民テレビ「パチゲットテレビ」への出演が掲載されている。同年10月21日には熊本朝日放送「熊本ラーメン総選挙2026」への出演も確認できる。
柳憂怜:俳優として北野作品から現在のドラマへ柳憂怜は、軍団時代には柳ユーレイの芸名で活動していた人物だ。現在はTAPの俳優部門に所属している。
北野武監督の映画『3-4×10月』で主演を務めたことをきっかけに俳優としてのキャリアを築き、映画やテレビドラマに出演してきた。
2026年にはTBSテレビ「田鎖ブラザーズ」や「LOST10」への出演がTAP公式スケジュールに掲載されている。芸人から俳優へと活動の軸を移した代表的なメンバーといえる。
【脱退理由と経緯】東国原英夫と大森うたえもんはなぜ軍団を離れた?
たけし軍団の歴代メンバーを調べると、脱退した人物の名前も目立つ。特に東国原英夫と大森うたえもんは、結成時からの主要メンバーだったため、離脱の経緯に関心を持つ読者が多い。
ただし、2人の脱退理由は同じではない。東国原は政治家への転身、大森は音楽や芝居への挑戦という、それぞれ異なるキャリア選択が背景にあった。
東国原英夫(そのまんま東):2006年に政治家への転身を決断東国原英夫は、ビートたけしの一番弟子として1980年から「そのまんま東」の芸名で活動してきた。
その後、早稲田大学で学び、地方自治や政治への関心を深めていく。2006年12月14日に宮崎県知事選への正式出馬を表明し、所属していたオフィス北野との契約を解消した。
J-CASTニュースによると、当時の所属契約では政治活動をしないことになっており、正式な出馬表明に伴って契約が解消されたという。
2007年1月には宮崎県知事に就任。全国的な知名度を生かした県の情報発信で注目を集め、その後は国政にも進出した。2012年の衆議院議員選挙で当選し、2013年12月に議員を辞職している。
2026年現在は政治評論家・タレントとして活動。公式プロフィールにはテレビ出演やYouTubeでの発信が掲載されており、宮崎県に関する政策や地域活性化にも関心を寄せている。
つまり、東国原の離脱は軍団との単純な対立や師弟関係の破綻ではなく、政治家という別の職業を選ぶための大きな転換だった。
大森うたえもん:所ジョージとの縁と音楽・芝居への挑戦大森うたえもんは、東国原英夫とお笑いコンビ「ツーツーレロレロ」を組んでいたことでも知られる。
軍団を離れた理由については、2023年5月のアサ芸プラスのインタビューで本人が詳しく語っている。
当時、大森には音楽や芝居に挑戦したいという思いがあり、仕事で関わりのあった所ジョージから事務所への移籍を誘われたことが転機になった。
ただし、すぐにオフィス北野を離れたわけではない。本人の説明では、当初は同事務所に籍を置いたまま軍団から離れ、2~3年ほど地方の仕事を続けていた。その後、たけしから所ジョージに連絡があり、正式に所の事務所へ移ることになったという。
当時、一部報道では「謀反」といった表現も使われたが、大森本人はそのような気持ちはなかったと説明している。
2023年のインタビューでは、宮崎で「Music&Sports BAR うたえもん」を切り盛りしながら芸能活動を続けていることも紹介された。
2026年10月22日の本人ブログには、宮崎で開催された梅沢富美男・研ナオコの公演に地元出演者として参加し、歌を披露したことが記されている。現在も音楽を含む活動を続けていることが分かる。
玉袋筋太郎:TAP退社と軍団脱退は同じ意味ではない浅草キッドの玉袋筋太郎についても整理しておきたい。
玉袋は2020年3月末にTAPを退社した。スポニチの報道によると、本人は自身が経営するスナック事業が退社を考える大きなきっかけだったと説明している。
一方、相方の水道橋博士はTAPに残留した。浅草キッドは解散しておらず、事務所を離れたことだけでコンビや師弟関係まで消滅したと判断することはできない。
ここで重要なのは、所属事務所からの退社と、たけし軍団という歴史的なグループからの脱退は別の事柄だという点だ。玉袋のケースを東国原や大森の軍団離脱と同じ扱いにするのは正確ではない。
【オフィス北野からTAPへ】改名の経緯とビートたけしとの師弟関係
たけし軍団の現在を理解するうえで欠かせないのが、所属事務所の変遷だ。
かつてのオフィス北野は、ビートたけしと森昌行が1988年に設立した芸能事務所だった。たけし軍団の多くも所属し、芸能活動を支える拠点となっていた。
2018年:ビートたけしがオフィス北野を退社2018年3月末、ビートたけしがオフィス北野を退社して独立した。
このとき、たけし軍団のメンバー全員が師匠についていったわけではない。軍団はオフィス北野に残り、会社の再建に取り組む道を選んだ。
2018年4月1日に公表された軍団の声明では、経営上の問題として、株式の保有状況や役員報酬などに関する疑義が挙げられていた。また、森昌行社長側から謝罪があり、軍団は事務所に残る決断をしたと説明している。
一方、森社長は声明に対して、内容に不本意な点があるとの反論を示した。したがって、当時の経営問題については軍団側と会社側の見解が異なっていた。
同時期、ガダルカナル・タカはテレビ番組で軍団が事務所に残る方針を明らかにし、師弟関係についても事務所が別になっても変わらないとの考えを示していた。
2018年11月:つまみ枝豆が代表取締役に就任2018年11月の定時株主総会を経て、つまみ枝豆が代表取締役社長、ダンカンが専務取締役に就任した。
2024年の日刊スポーツのインタビューで、枝豆は社長就任について、たけしから直接指名されたことを明かしている。
師匠の独立後に残された会社を、軍団の中心人物が経営する体制へ移行したことが、現在のTAPにつながっている。
2020年1月1日:オフィス北野から株式会社TAPへ2019年12月13日、オフィス北野は翌2020年1月1日付で株式会社TAPに社名変更すると発表した。
社名変更の由来については、2019年12月の女性自身のインタビューで、つまみ枝豆が説明している。TAPという名称は、軍団員がビートたけしから最初に習ったタップダンスにちなんで決めたものだった。
つまり、社名変更は単に過去の名前を捨てるためだけのものではなかった。師匠との原点を意識しながら、新しい事務所として再出発する意味も込められていた。
TAPとTAP Secondは別組織さらに混同されやすいのが、TAP Second(タップセカンド)の存在だ。
TAP Secondは2020年7月設立の芸能人材育成機関で、俳優、声優、芸人、アーティストなどの新人発掘・育成を目的としている。
同社の公式会社情報には、つまみ枝豆が理事長、ダンカンやガダルカナル・タカ、松尾伴内、ラッシャー板前、井手らっきょ、水道橋博士らが理事として記載されている。
ただし、TAP Secondは株式会社TAPそのものではない。TAPの公式サイトも、両社に業務提携関係はないと明記している。
加えて、TAPは公式サイトで、ビートたけし(北野武)とは所属・業務提携の関係にないと案内している。
ここは要点だ。歴史的にはたけしの弟子として活動してきた軍団員が、現在も全員たけしの事務所に所属しているわけではない。師弟関係の歴史と、現在の芸能事務所としての契約関係は分けて理解する必要がある。
【プロの結論】たけし軍団の現在を正しく理解する3つの判断基準
たけし軍団をめぐる情報を調べる際には、次の3点を押さえておくと、古い名簿や過去の報道による混乱を避けられる。
1. 結成時8人と初期10人を混同しない1983年に最初にまとまった8人と、その後のグレート義太夫・井手らっきょを加えた主要10人は区別して考える。特に結成40周年の報道では、後から加入した2人も含めた10人が初期メンバーとして紹介されることがある。
2. TAPの所属者一覧と軍団の歴代メンバーを分けるTAPの公式サイトに名前があるからといって、その人物が現在も集団としてのたけし軍団で活動しているとは限らない。逆に、東国原英夫や大森うたえもんのように、事務所や軍団を離れた後も、歴史的に軍団の一員だった事実は変わらない。
3. 最新情報は公式プロフィールと日付入りの出演情報で判断する2026年の活動を確認するなら、TAPの公式タレント一覧だけでなく、出演スケジュールや本人の公式発信も確認したい。特にグレート義太夫さんのように、所属者一覧への掲載が残っていても、後から公式訃報が発表されるケースがある。
たけし軍団の歴史は、単なる芸人の集合体ではなく、師匠のもとに集まった弟子たちが、それぞれの人生や仕事を選びながら歩んできた記録でもある。現在の所属先だけで人物の関係性を判断せず、結成時の立場、加入・離脱の経緯、現在の仕事を合わせて見ることが大切だ。
【たけし軍団メンバー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:たけし軍団の結成時メンバーは誰ですか?
A1:1983年に最初にまとまった8人は、そのまんま東、大森うたえもん、松尾伴内、ダンカン、柳ユーレイ、ガダルカナル・タカ、ラッシャー板前、つまみ枝豆です。その後、グレート義太夫と井手らっきょが加入し、主要メンバーは10人になりました。
Q2:2026年現在、たけし軍団で活動している人は誰ですか?
A2:ガダルカナル・タカ、つまみ枝豆、ダンカン、松尾伴内、ラッシャー板前、井手らっきょ、柳憂怜、水道橋博士などがTAPの公式タレント一覧に掲載されています。ただし、これは所属者の一覧であり、正式な軍団の現役名簿とは異なります。
Q3:東国原英夫と大森うたえもんが軍団を脱退した理由は何ですか?
A3:東国原英夫は2006年に宮崎県知事選への出馬を表明し、政治家への転身に伴って軍団を離れました。大森うたえもんは音楽や芝居への挑戦を望み、所ジョージからの誘いをきっかけに別の事務所へ移りました。
Q4:オフィス北野とTAP、TAP Secondは同じ会社ですか?
A4:オフィス北野は2020年1月1日に株式会社TAPへ社名変更しました。TAP Secondは2020年7月に設立された別組織で、芸能人材の育成を主な目的としています。TAP公式サイトは、TAPとTAP Secondの業務提携関係も否定しています。
Q5:グレート義太夫さんは現在もたけし軍団のメンバーですか?
A5:グレート義太夫さんは2026年9月7日に67歳で亡くなりました。TAPが9月8日に公式発表しています。歴代メンバーとしての功績は変わりませんが、現在活動中のメンバーには含まれません。
たけし軍団は1983年に8人でまとまり、その後グレート義太夫と井手らっきょが加わって主要10人となった。1980年代から1990年代にかけて、バラエティー番組で強い存在感を放ったグループである。
2026年現在、ガダルカナル・タカは情報番組やバラエティー、つまみ枝豆は芸能活動とTAPの経営、ダンカンは放送作家やタレント活動など、それぞれの分野で仕事を続けている。松尾伴内、ラッシャー板前、井手らっきょ、柳憂怜、水道橋博士も、所属や活動形態に違いはあるものの、芸能界での活動を続けている。
一方、東国原英夫は政治・メディアの世界へ、大森うたえもんは音楽や地域での芸能活動へと進んだ。2026年9月にはグレート義太夫さんが亡くなり、初期メンバーの歴史にも新たな節目が刻まれた。
たけし軍団の現在を理解するうえで最も大切なのは、「歴代の軍団員」「現在のTAP所属者」「元メンバー」を同じものとして扱わないことだ。ビートたけしの弟子として始まった関係は、それぞれのキャリアや事務所の変遷を経て、多様な形へと変わっている。その歩みこそが、40年以上続いてきたたけし軍団の大きな特徴である。
主な確認資料: TAP公式タレント一覧・会社概要・2026年出演スケジュール、FRIDAYデジタルの結成40周年インタビュー、TBS NEWS DIGのグレート義太夫さん逝去報道、スポニチ、オリコン、日刊スポーツ、アサ芸プラス、東国原英夫公式プロフィールなど。