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丸山桂里奈の若い頃を画像と経歴で検証!日体大からW杯決勝弾、現在まで徹底解説

水無瀬 康平 水無瀬 康平 • 更新: • 公開: • 読了約 21 分
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元なでしこジャパンの丸山桂里奈さんは、2011年FIFA女子ワールドカップで日本代表の初優勝に貢献した元サッカー選手です。現在は明るく個性的なキャラクターでバラエティー番組などに出演していますが、若い頃は黒髪のロングヘアと引き締まったアスリート体型が印象的で、「昔の写真がかわいい」「現役時代と雰囲気が違う」と話題になることもあります。

実は、サッカーを始めたのは小学6年生。そこから読売メニーナ、日本体育大学を経て日本代表に選ばれ、2011年にはドイツ女子代表を破る歴史的な決勝ゴールを決めました。2026年現在のタレント活動や本並健治さんとの結婚生活にも触れながら、学生時代から現在までの変化を振り返ります。

【丸山桂里奈の若い頃】サッカーを始めたのは小学6年生!学生時代の意外な経歴

丸山桂里奈若い頃
サッカーとの出会いは小学6年生

丸山桂里奈さんは1983年3月26日生まれ、東京都出身です。所属事務所ホリプロの公式プロフィールでは、身長162.7cmと紹介されています。

意外に思う人もいる可能性がありますが、丸山さんがサッカーを始めたのは小学6年生のときでした。

2020年に公開されたサッカージュニア向けメディア「サカママ」のインタビューでは、当時好きだった男の子に誘われたことがきっかけだったと振り返っています。

最初からプロ選手を目指していたわけではなく、友人に誘われて参加したサッカーが、次第に夢中になれるものへと変わっていきました。

当時は女子だけで構成されたサッカーチームが身近になかったため、男子に交じってプレーすることもあったそうです。地元のサッカークラブや東京ガスのサッカースクールで経験を積み、技術を磨いていきました。

読売メニーナのセレクションに合格!持ち味は足の速さ

小学校卒業後、丸山さんは女子サッカーの育成組織として知られる読売メニーナのセレクションを受けます。現在の日テレ・メニーナにつながる組織です。

受験のきっかけは、近所の人から入団試験の情報を教えてもらったことでした。

本人のインタビューによると、当時のセレクションには約200人が参加し、合格したのは約10人。本人は自分の長所を足の速さだと認識しており、合格するとは思っていなかったと振り返っています。

しかし、この合格が競技人生の大きな転機になりました。

中学時代の3年間は読売メニーナでプレー。基礎技術を学びながら、スピードを生かした攻撃的なプレースタイルを身につけていきます。

高校時代には全国大会3位の実績

中学卒業後は東京経営短期大学村田女子高等学校(現在の村田女子高等学校)へ進学しました。

高校時代もサッカーに打ち込み、3年生のときには第9回全日本高等学校女子サッカー選手権大会で全国3位に入っています。

小学6年生で競技を始めてから数年で全国上位に進出したことは、当時の成長の速さを物語る実績です。

早くから競技を始めた選手が多い環境で、決して長い競技歴を持っていたわけではありません。それでも、持ち前のスピードと練習を重ねる姿勢によって、着実に実力を伸ばしました。

【日本体育大学時代】インカレ優勝と、なでしこジャパンへの選出

2001年に日本体育大学へ進学

高校卒業後の2001年、丸山さんは日本体育大学体育学部体育学科に進学しました。

日体大はスポーツ選手や指導者を数多く輩出している大学です。丸山さんも同大学の女子サッカー部で競技を続け、全日本大学女子サッカー選手権大会での優勝に貢献しました。

WEリーグの公式紹介では、在学中に同大会を4度制し、大学の5連覇に貢献した実績が紹介されています。

高校時代の全国3位から、大学では全国タイトルを獲得する選手へと成長したのです。

大学在学中に日本代表デビュー

丸山さんのキャリアを語るうえで見逃せないのが、大学在学中に日本代表入りを果たしたことです。

2002年10月2日、第14回アジア競技大会の北朝鮮戦で、サッカー日本女子代表として初出場しました。

その後も代表活動を続け、2003年のFIFA女子ワールドカップ、2004年のアテネオリンピックにも出場しています。

つまり、大学生の段階ですでに世界大会とオリンピックを経験していたことになります。

若い頃のプレースタイルはスピードとドリブル

日本体育大学のオリンピック選手紹介では、丸山さんの得意なプレーとしてドリブルが挙げられています。

フォワードとしての持ち味は、相手の守備ラインの背後を狙うスピードと、ボールを前に運ぶ推進力でした。

身長162.7cmという体格だけで勝負するタイプではなく、相手の動きを見ながらスペースへ走り込み、攻撃の局面を打開することができる選手だったのです。

この特徴は、後に2011年女子ワールドカップで生まれた歴史的なゴールにもつながっています。

【丸山桂里奈の経歴年表】サッカー選手時代から2011年女子W杯優勝まで

大学卒業後、丸山さんは東京電力女子サッカー部マリーゼに加入し、プロとしてのキャリアを本格化させました。

代表選手としての活動だけでなく、国内外のクラブで経験を積み、複数の国際大会に出場しています。

丸山桂里奈の経歴・主要な実績一覧
時期 出来事・所属 主な実績・関係
小学6年生 サッカーを開始 男子に交じってプレー
中学時代 読売メニーナ 育成年代で技術を磨く
高校時代 村田女子高校 全国高校女子選手権3位
2001年 日本体育大学に進学 大学女子サッカーで活躍
2002年 日本代表デビュー アジア競技大会・北朝鮮戦
2003年 女子ワールドカップ 日本代表として出場
2004年 アテネオリンピック 女子サッカー日本代表として出場
2005年 東京電力マリーゼ Lリーグ新人王を獲得
2008年 北京オリンピック 日本代表として4位
2010年 フィラデルフィア・インデペンデンスなど アメリカでもプレー
2011年 FIFA女子ワールドカップ ドイツ戦の決勝ゴール、日本の初優勝
2012年 ロンドンオリンピック 銀メダルを獲得
2016年 現役引退 サッカー選手生活に区切り
2020年 本並健治さんと結婚 新たな人生のスタート
2023年 第1子女児を出産 育児と芸能活動を両立
2026年 タレントとして活動 テレビ・メディアなどで活躍

この年表からも分かるように、丸山さんは学生時代から代表活動を経験し、2005年の社会人チーム加入後も着実に実績を積み重ねました。

2005年にはLリーグ新人王を獲得

2005年、丸山さんは東京電力女子サッカー部マリーゼに入団しました。

同年のLリーグでは8得点を記録し、新人王を獲得。大学時代から評価されていた攻撃力を、社会人リーグでも発揮しました。

その後、2010年にはアメリカのフィラデルフィア・インデペンデンスへ移籍。さらにジェフユナイテッド市原・千葉レディースを経て、2012年からスペランツァFC大阪高槻でプレーしました。

2011年の女子ワールドカップ優勝だけでなく、2004年アテネ、2008年北京、2012年ロンドンと3大会連続でオリンピックに出場している点も、丸山さんの選手としての実力を示しています。

【2011年女子ワールドカップ】ドイツ戦の決勝ゴールはなぜ伝説になった?

開催国ドイツを破った準々決勝

丸山桂里奈さんの名前を世界的に知らしめたのが、2011年7月9日に行われたFIFA女子ワールドカップ・ドイツ大会の準々決勝です。

日本代表の対戦相手は、開催国であり前回大会の優勝国でもあったドイツでした。

当時のドイツは女子サッカーの強豪で、日本にとって非常に厳しい相手でした。試合は90分間で決着がつかず、延長戦へと突入します。

そして延長後半18分に相当する108分、歴史を変える瞬間が訪れました。

澤穂希さんからパスを受けた丸山さんが、ゴール前へ持ち込みシュート。ボールはゴールネットを揺らし、日本が1対0でリードしました。

この1点がそのまま決勝点となり、日本は開催国ドイツを撃破。FIFA女子ワールドカップで初めて準決勝へ進出しました。

ゴールを生んだ判断力と冷静さ

このゴールが特別なのは、単に試合を決める得点だったからではありません。

世界王者を相手にした大一番で、延長戦という極限の状況にありながら、シュートコースを判断して得点につなげたからです。

2021年に公開されたFIFAのインタビューで、丸山さんは当時のプレーを振り返り、ゴールキーパーを見て、普段とは違うファーサイドへのシュートを選んだ経緯を説明しています。

もともとの武器だったスピードやドリブルに加え、最後の局面で瞬時に判断する能力が生きたゴールでした。

その後、日本は初の世界一へ

ドイツを破った日本は、準決勝でスウェーデンに3対1で勝利。決勝ではアメリカと対戦しました。

決勝は2対2のままPK戦に突入し、日本が3対1で勝利。2011年7月17日、日本女子代表はFIFA女子ワールドカップで初優勝を達成しました。

丸山さんのドイツ戦の得点は、決勝戦そのもののゴールではありません。準々決勝で日本を準決勝へ導いた決勝点です。この違いは、検索時に混同されやすいポイントです。

日本サッカー協会の大会記録にも、ドイツ戦の得点者として丸山桂里奈さんの名前が108分の記録とともに掲載されています。

この優勝により、丸山さんを含む女子日本代表は国民栄誉賞を受賞しました。若い頃から積み上げてきた努力が、日本サッカー史に残る結果へと結びついた瞬間でした。

【昔の写真と現在を比較】丸山桂里奈は若い頃からかわいい?黒髪時代の画像が話題

現役時代の写真は黒髪ロングヘアが印象的

丸山さんの昔の写真を調べると、現在の明るい髪色や個性的な前髪とは異なる、黒髪のロングヘア姿を確認できます。

2021年3月には、本人が自身のInstagramで現役時代の黒髪写真を公開しました。スポニチやORICON NEWSなどのメディアもこの投稿を取り上げています。

公開された写真では、現在の華やかな金髪スタイルとは異なり、自然な黒髪と長めの前髪が特徴的でした。

当時の写真に対しては、ファンから「かわいい」「美人」「雰囲気が違う」といった反応が寄せられ、普段のテレビ出演時とは違う一面が注目されました。

現役時代のスリムな体型にも注目

2021年2月にも、丸山さんは友人から送られてきた現役時代の写真を自身のブログで紹介しています。

この写真は、現役時代にけがをして国立スポーツ科学センターでリハビリをしていた時期のものとして紹介されました。本人は当時の体型や髪型を懐かしんでいます。

スポーツ紙でも写真が取り上げられ、夫の本並健治さんからも現在とは雰囲気が違うという趣旨の反応があったと報じられました。

サッカー選手として日常的にトレーニングを重ねていた時代と、テレビ出演を中心とする現在では、服装やヘアスタイル、写真の見せ方が異なります。

昔の写真で印象が大きく変わるのは、顔立ちだけでなく、競技生活による体づくりやファッションの変化も関係しています。

若い頃と現在の違いを比較
比較項目 現役時代 現在の活動スタイル
髪型 黒髪・ロングヘアの写真がある 金髪や前髪を生かしたスタイル
体型 競技者として鍛えたアスリート体型 タレントとして幅広い衣装を着こなす
活動 サッカー選手・日本代表FW タレント・テレビ出演
印象 スポーティーで落ち着いた雰囲気 明るく個性的で親しみやすい雰囲気
注目される魅力 スピード、ドリブル、競技実績 トーク、表情、独特のキャラクター

昔と現在を比較すると、外見の変化だけでなく、社会の中で担っている役割そのものが大きく変わったことが分かります。

なお、昔の写真だけで美容整形の有無などを判断することはできません。髪型やメイク、撮影時期、体調などによっても写真の印象は変わります。

【現役引退から2026年現在】本並健治との結婚と芸能活動への転身

2016年に現役引退を決断

長年サッカーに打ち込んできた丸山さんは、2016年シーズン限りで現役を引退しました。

引退後は、サッカー指導者や解説者としての道だけでなく、バラエティー番組を中心とした芸能活動へと軸足を移していきます。

この転身については、2019年の新R25の本人インタビューが興味深い内容を伝えています。

丸山さんは、サッカーを仕事として意識していたというより、日常の一部として自然に取り組んできたと説明。引退後は、これまでとは違う分野に挑戦したいと考え、バラエティーの世界を選んだことを明かしています。

また、バラエティー番組ではサッカーと違って正解やゴールが明確ではないため、難しさと面白さの両方を感じていると話しています。

バラエティー番組で人気を獲得した理由

丸山さんが芸能活動で注目された理由の一つは、元トップアスリートという経歴と、テレビで見せる親しみやすいキャラクターのギャップです。

特に『踊る!さんま御殿!!』などのバラエティー番組への出演を通じて、サッカー選手時代とは異なる個性が知られるようになりました。

2020年にTOKYO FMの番組で本人が語った内容によると、バラエティーで注目されるきっかけの一つは、サッカーのオフサイドに関するエピソードを番組で話したことでした。

競技経験の豊富な元日本代表選手でありながら、独特の発言や飾らない受け答えをする。その意外性が視聴者の関心につながっています。

また、本人は自身がバラエティーに出演することで、なでしこジャパンの優勝映像が紹介される機会も生まれると考えていることを、過去のインタビューで語っています。

サッカーから完全に離れたのではなく、別の方法で女子サッカーの認知度を高める役割も担っているのです。

2020年に本並健治さんと結婚

プライベートでは、2020年9月4日に元サッカー日本代表GKの本並健治さんと結婚しました。

2人の出会いは、2012年に本並さんがスペランツァFC大阪高槻の監督に就任したことがきっかけです。当時、丸山さんはロンドンオリンピックからチームへ戻った時期で、監督と選手という関係から交流が始まりました。

丸山さんの現役引退後も交流は続き、2020年に結婚を発表しています。

本並さんは元サッカー日本代表のゴールキーパーで、丸山さんとは同じサッカー界で経験を共有してきた間柄です。

2023年に第1子女児を出産

2022年10月には、第1子の妊娠を公表しました。

そして2023年2月21日、都内の病院で女児を出産。所属事務所のホリプロが母子ともに健康であることを発表しました。

その後は育児と仕事を両立しながら、テレビ出演などの活動を続けています。

2026年現在の出演番組と活動内容

2026年10月現在、ホリプロの公式プロフィールでは、丸山さんの主な活動として以下の番組が紹介されています。

  • TBS『ラヴィット!』:月曜レギュラー。本並健治さんと夫婦で出演。
  • 静岡第一テレビ『まとめて』:火曜コーナー「なでしこスタイル」にレギュラー出演。
  • スポーツ関連の活動:元日本代表として女子サッカーに関するイベントなどにも参加。

WEリーグの公式発表でも、過去にリーグのアウォーズやカップ戦関連イベントのゲストとして起用された実績があります。

2026年10月30日時点で43歳。現役時代の競技実績を持ちながら、テレビタレントとしても活動の幅を広げています。

【プロの結論】丸山桂里奈の若い頃が現在も注目される3つの理由

1. 遅いスタートから日本代表まで上り詰めた成長力

丸山さんの競技人生で特に注目したいのは、小学6年生という比較的遅い時期にサッカーを始めたことです。

その後、読売メニーナ、高校サッカー、日本体育大学と進み、大学在学中に日本代表へ選ばれました。

競技開始から代表入りまでの成長には、持ち前の身体能力だけでなく、技術を身につけるための継続的な努力がありました。

2. 2011年のゴールが示した勝負強さ

ドイツ戦の108分のゴールは、丸山さんのスピードや技術だけでなく、大舞台で結果を出す判断力を示しています。

しかも、相手は開催国であり前回王者のドイツでした。日本女子サッカーの歴史を変える試合で、決定的な仕事を果たしたことが現在も語り継がれる理由です。

3. 引退後も自分の強みを生かしたキャリアを築いた

丸山さんは、引退後にサッカー指導者という道だけを選ばず、バラエティーという新しい分野に挑戦しました。

現役時代に培った知名度や経験を生かしながら、独特のトークや明るい性格を新しい武器にしています。

これはアスリートのセカンドキャリアを考えるうえでも興味深い事例です。競技で得た実績をそのまま職業に結びつけるだけでなく、本人の個性や適性に合った分野へ移ることも、長く活躍するための選択肢になります。

丸山桂里奈さんの若い頃を調べるときは、写真の見た目だけでなく、学生時代の競技実績、2011年のW杯での役割、2016年以降の活動を合わせて見ることが大切です。

【丸山桂里奈の若い頃】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:丸山桂里奈は若い頃、いつからサッカーを始めた?

A1:小学6年生からです。好きな男の子に誘われたことがきっかけで、地元のサッカークラブや東京ガスのサッカースクールでプレーを始めました。その後、読売メニーナのセレクションに合格しています。

Q2:丸山桂里奈の出身大学はどこ?学生時代の実績は?

A2:日本体育大学体育学部体育学科です。高校時代には全国高校女子サッカー選手権大会で3位に入り、大学時代には全日本大学女子サッカー選手権大会での優勝に貢献しました。在学中の2002年には日本代表デビューを果たしています。

Q3:丸山桂里奈の2011年ドイツ戦のゴールは決勝戦で決めたもの?

A3:決勝戦ではありません。2011年7月9日の準々決勝・ドイツ戦で、延長108分に決めた試合の決勝ゴールです。この1点で日本は1対0で勝利し、その後の準決勝、決勝を経て女子ワールドカップ初優勝を達成しました。

丸山桂里奈さんの若い頃は、単に昔の写真がかわいいという話題だけでは語りきれません。

小学6年生でサッカーを始め、読売メニーナで技術を磨き、村田女子高校、日本体育大学を経て日本代表へと成長しました。

2005年にはLリーグ新人王を獲得し、2011年には女子ワールドカップ準々決勝のドイツ戦で決勝ゴールを記録。日本の初優勝に貢献した功績は、現在もサッカー史に残っています。

2016年の現役引退後はタレントに転身し、2020年の本並健治さんとの結婚、2023年の第1子出産を経て、2026年もテレビを中心に活動しています。

黒髪のロングヘアだった現役時代と、明るい髪色でバラエティー番組に出演する現在。外見や活動内容は変化しましたが、何事にも全力で取り組む姿勢は、選手時代から現在まで一貫しています。

丸山桂里奈さんの魅力を理解するには、若い頃の画像とともに、日体大時代の実績や2011年のドイツ戦、そして引退後の新しい挑戦までを振り返ることが欠かせません。

サッカー選手として世界一を経験し、現在はタレントとして新しい道を歩む。その歩みこそが、丸山桂里奈さんが長く注目され続ける理由です。

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水無瀬 康平

芸能ニュースの編集を11年。所属事務所の公式リリース、番組公式サイト、配信サービスの告知だけを一次情報として照合し、出典の取れない話は載せません。

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