2026年現在、ダチョウ倶楽部は肥後克広さんと寺門ジモンさんの2人で活動しています。上島竜兵さんの死去後もグループ名を残し、テレビ出演やイベント、CMなどで芸能活動を継続しています。
所属事務所は、2人が所属する太田プロダクションです。2022年5月14日、上島さんの訃報を受けて肥後さんと寺門さんが発表したコメントでは、グループを解散しない意思が明確に示されました。
「ダチョウ倶楽部は解散しません。」
出典:2022年5月14日、肥後克広さん・寺門ジモンさんの連名コメント
この発言は、単に芸能活動を続けるという宣言以上の意味を持っていました。上島さんがいなくなっても、3人で築いてきた芸風やファンとの関係を守っていくという決意が込められていたからです。
また、2人になったことでグループの活動がすべて個人活動に変わったわけではありません。ダチョウ倶楽部としての仕事を続けながら、それぞれの得意分野でも存在感を発揮しています。
肥後克広:グループを支えるリーダー1963年3月15日生まれ・沖縄県出身
1985年の結成時から参加。ものまねや天然ボケを生かしたバラエティー出演のほか、俳優としても活動しています。
肥後さんは、上島さんの死去後にグループを継続する中心的な役割を担ってきました。もともとダチョウ倶楽部のリーダーとして、メンバーの個性をまとめる立場にありました。
芸風の特徴は、独特の間合いと天然ボケを生かした笑いです。森本レオさんなどのものまねも得意としており、コントやリアクション芸だけに活動領域を限定していません。
俳優としてもNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』などに出演。2026年1月にはフジテレビ系スペシャルドラマ『うちの弁護士はまたしても手がかかる』への出演も発表されました。
2026年6月には寺門さんとともに買取専門店「おたからや」の新CM発表会に出席。2人体制でのグループ活動も続いています。
寺門ジモン:肉・グルメ分野でも活躍1962年11月25日生まれ・兵庫県出身
グルメや料理、肉への深い知識を持ち、テレビ番組や映画など幅広い分野で活動しています。
寺門ジモンさんは、ダチョウ倶楽部のメンバーとしてだけでなく、グルメタレントとしても独自のポジションを築いています。
代表的な番組が、フジテレビONEなどで放送されている『寺門ジモンの肉専門チャンネル』です。焼肉を中心に、肉料理の名店や食材の魅力を掘り下げています。
また、『寺門ジモンの取材拒否の店』や『常連めし』など、独自の視点で飲食店を紹介する企画も知られています。肉の競りに参加できる家畜商の資格を持つなど、食に関する知識とこだわりは芸能界でも際立っています。
2026年10月にも『寺門ジモンの肉専門チャンネル』の放送が確認でき、グルメ分野での活動は継続中です。
【歴代メンバー4人を紹介】南部虎弾・肥後克広・寺門ジモン・上島竜兵

ダチョウ倶楽部の歴史を振り返ると、現在の2人だけでなく、結成初期の南部虎弾さんと、長年グループを支えた上島竜兵さんの存在が欠かせません。
歴代メンバーは合計4人。それぞれ異なる個性を持ち、グループの笑いを形作ってきました。
| 歴代メンバー | グループでの役割 | 2026年現在 |
|---|---|---|
| 南部虎弾 | 初代リーダー・結成メンバー | 2024年1月20日死去 |
| 肥後克広 | リーダー・結成メンバー | 現役で活動 |
| 寺門ジモン | 結成メンバー | 現役で活動 |
| 上島竜兵 | リアクション芸の中心人物 | 2022年5月11日死去 |
1951年7月14日〜2024年1月20日
ダチョウ倶楽部の初代リーダー。脱退後は電撃ネットワークを結成しました。
南部虎弾さんは、ダチョウ倶楽部の初期を支えた人物です。結成当初はリーダーを務めており、1987年にグループを脱退しました。
脱退の背景には、笑いに対する方向性の違いがありました。日刊スポーツの過去のインタビューでは、肥後さんが南部さんについて、過激な笑いを求めていた一方、残る3人はアットホームな笑いを目指していたと説明しています。
脱退後の南部さんは、1990年にパフォーマンス集団電撃ネットワークを結成。身体を張った過激なパフォーマンスで国内外から注目されました。
しかし、2024年1月20日、脳卒中のため72歳で亡くなりました。訃報は翌21日に電撃ネットワークの公式発信を通じて公表されています。
南部さんはダチョウ倶楽部を離れた後も独自の芸能活動を続けた、グループの歴史を語るうえで欠かせない存在です。
上島竜兵:ダチョウ倶楽部の象徴的なリアクション芸人1961年1月20日〜2022年5月11日
熱湯風呂や押すなよ芸などで知られた、ダチョウ倶楽部を代表する芸人。
上島竜兵さんは、ダチョウ倶楽部の知名度を高めた中心人物です。リアクション芸を得意とし、熱湯風呂やキス芸、押すなよというお決まりの流れなど、数々の名場面を生み出しました。
特に有名なのが、熱湯風呂を使ったリアクション芸です。熱湯に入る前のやり取りから、周囲のメンバーとの掛け合いまで、上島さんの表情や反応そのものが笑いを生み出していました。
また、上島さんを慕う後輩芸人たちによる交流の場「竜兵会」も知られています。有吉弘行さんや土田晃之さんなど、多くの芸人との関係を築いてきました。
2022年5月11日、上島さんは61歳で亡くなりました。所属事務所の太田プロダクションが同日、公式サイトで訃報を発表しています。
上島さんの死去はグループにとって大きな転換点となりましたが、肥後さんと寺門さんは解散ではなく継続を選びました。
【1985年結成から2026年まで】ダチョウ倶楽部の歴史と転換点
ダチョウ倶楽部の歴史には、1985年の結成、1987年の南部さん脱退、1990年代のブレーク、2022年の上島さんの死去という大きな節目があります。
ここで押さえておきたいのが、1985年という年の意味です。前身となるグループは1980年ごろから活動しており、1985年に「ダチョウ倶楽部」という名前になりました。2026年の40周年は、このグループ名での活動開始を基準としています。
年代別の主な出来事
1980年ごろ:前身グループが活動開始
南部虎弾さんを含むメンバーが「キムチ倶楽部」として活動。
1985年:ダチョウ倶楽部に改名
4人での活動が本格化。40周年の起点となる年。
1987年:南部虎弾さんが脱退
肥後・寺門・上島の3人編成に。肥後さんがリーダーを務める。
1990年:南部さんが電撃ネットワークを結成
南部さんは独自のパフォーマンス集団で新たな活動を開始。
1993年:『聞いてないよォ』が話題に
新語・流行語大賞の大衆部門で銀賞を受賞。
1994年:24時間テレビに出演
3人でチャリティーマラソン100キロを交代で完走。
2022年5月11日:上島竜兵さん死去
61歳で逝去。肥後さんと寺門さんの2人体制へ。
2024年1月20日:南部虎弾さん死去
72歳で逝去。電撃ネットワークのリーダーとしての生涯を終える。
2026年5月25日:結成40周年感謝祭
東京国際フォーラムで大規模な記念イベントを開催。
ダチョウ倶楽部が広く知られるようになった背景には、テレビバラエティーでの活躍があります。
代表的な番組が、日本テレビ系の『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』や『スーパージョッキー』です。体を張った企画や熱湯風呂などを通じて、3人の掛け合いが人気を集めました。
1993年には「聞いてないよォ」が新語・流行語大賞の大衆部門で銀賞を受賞。単なる一発ギャグではなく、驚きや困惑を大げさに表現するリアクションが、幅広い世代に浸透しました。
また、1994年には3人で24時間テレビのチャリティーマラソンに参加し、100キロを交代制で完走しています。バラエティーで見せる笑いだけでなく、3人で協力する姿も印象に残りました。
【2026年最新】ダチョウ倶楽部40周年感謝祭の内容と見どころ
2026年のダチョウ倶楽部を語るうえで外せないのが、5月25日に開催された「ダチョウ倶楽部40周年感謝祭 みんな仲良く くるりんパーティー!」です。
会場は東京国際フォーラムのホールA。開場17時30分、開演18時30分で、結成40周年を祝う大型イベントとして開催されました。
主催・企画制作側の発表によると、会場には約5000人が集まり、長年グループを支えてきた仲間やファンが一堂に会しました。
豪華ゲストが集結した40周年イベント出演したゲストには、ダチョウ倶楽部と縁の深い芸人やタレントが並びました。
- :竜兵会のメンバーとして上島さんと深い交流があった芸人
- :リアクション芸で知られる盟友
- :体を張った芸で会場を盛り上げた芸人
- :竜兵会とも縁の深い後輩芸人
- :熱々おでん芸の歴史にも関係する先輩
- :歌とパフォーマンスで参加
- :長年の芸能活動を支えてきた仲間
- :グループ結成のきっかけを作った先輩
このほか、劇団ひとりさん、カンニング竹山さん、粗品さん、野呂佳代さん、松村邦洋さん、はなわさん、安田和博さんらも出演。シークレットゲストとして笑福亭鶴瓶さんも登場しました。
イベントでは、熱々おでん芸や熱湯風呂など、ダチョウ倶楽部の代名詞ともいえる伝統芸が披露されました。出川さんや江頭さんらも参加し、往年のバラエティーを思わせるステージとなりました。
上島竜兵さんも「3人」の一員として40周年感謝祭で特に注目されたのは、上島竜兵さんの存在です。
イベントのポスターには上島さんも描かれ、ステージでは過去の3人の映像や名場面も振り返られました。2人で活動を続ける現在の姿と、3人で積み重ねた歴史が同じ舞台で表現されたのです。
報道によると、肥後さんはイベントの締めくくりに、上島さんも含めた3人で今後も活動を続けていく思いを語りました。
「竜ちゃんはここにいます。僕ら2人で立っていますけど、みなさんには見えるでしょ?」
出典:2026年5月25日、40周年感謝祭に関する報道
この言葉が象徴するのは、メンバーの人数だけでは測れないグループのつながりです。現在のステージに立つのは肥後さんと寺門さんですが、2人にとってダチョウ倶楽部の歴史は上島さんとともに歩んできたものです。
40周年感謝祭は、単なる周年記念ライブではなく、過去の仲間への感謝と今後の活動への決意を示すイベントになりました。
【ダチョウ倶楽部はなぜ続く?】2人体制でも変わらない芸風と魅力
上島さんの死去後、ダチョウ倶楽部が解散せず活動を続けている理由は、長年培ってきた芸風が個人の人気だけに依存していないことにもあります。
ダチョウ倶楽部の笑いは、メンバー同士の関係性や、観客が次の展開を予測できるお決まりの流れによって成立してきました。
代表的なギャグと伝統芸
熱湯風呂
熱湯風呂を使ったリアクション芸。入る前の駆け引きや周囲の掛け合いまで含めて完成する代表的な持ちネタです。
どうぞどうぞ
譲り合う流れから、最後の1人に役割が集中するおなじみのギャグ。メンバー間の連携が笑いにつながります。
聞いてないよォ
突然の展開に驚くリアクションを笑いに変えるフレーズ。1993年の流行語大賞でも評価されました。
ヤー!
グループを象徴する掛け声。舞台やイベントで観客と一体感を作る役割も担っています。
これらの芸は、単純なセリフや動きだけで成立するものではありません。誰が振りを担当し、誰が受け、どのタイミングで反応するのかというチームワークが重要です。
そのため、2人体制になっても、長年培った間合いや掛け合いを生かすことができます。40周年感謝祭でも、ゲストと一緒に伝統芸を披露することで、ダチョウ倶楽部の笑いが次の世代にも受け継がれていることを示しました。
【誤解を解消】現在のダチョウ倶楽部について知っておきたいことネット検索では「解散した?」「新メンバーが加入した?」「現在も3人なの?」といった疑問が見られます。こうした疑問は、現在の活動と歴代メンバーの情報を分けて考えると整理できます。
- 解散したのか? 解散していません。肥後さんと寺門さんが活動を継続しています。
- 現在も3人なのか? 実際に活動しているメンバーは2人です。上島さんは亡くなっていますが、2人は3人で築いた歴史を大切にしています。
- 南部さんは現在のメンバーなのか? 1987年に脱退しています。その後は電撃ネットワークで活動しました。
- 新メンバーが加入したのか? 2026年の40周年イベントで公表された出演メンバーは肥後さんと寺門さんです。ゲスト出演者と正式メンバーは区別する必要があります。
つまり、現在のダチョウ倶楽部は「元のトリオがそのまま3人で活動している」という意味ではなく、歴代メンバーの歴史を引き継ぎながら、2人で存続しているグループです。
【よくある質問】ダチョウ倶楽部メンバーに関するFAQ
Q1:ダチョウ倶楽部の現在のメンバーは誰ですか? A1:2026年現在は肥後克広さんと寺門ジモンさんの2人です。どちらも太田プロダクションに所属し、グループとしての活動を続けています。
Q2:ダチョウ倶楽部は解散したのですか? A2:解散していません。2022年5月14日、上島竜兵さんの死去を受けて、肥後さんと寺門さんが「ダチョウ倶楽部は解散しません」と発表しました。
Q3:ダチョウ倶楽部の歴代メンバーは何人ですか? A3:歴代メンバーは南部虎弾さん、肥後克広さん、寺門ジモンさん、上島竜兵さんの4人です。現在活動しているのは肥後さんと寺門さんです。
Q4:南部虎弾さんはなぜダチョウ倶楽部を脱退したのですか? A4:1987年に脱退しました。肥後さんの過去のインタビューでは、南部さんが過激な笑いを求めたのに対し、残る3人はアットホームな笑いを目指していたという方向性の違いが説明されています。
Q5:上島竜兵さんはいつ亡くなりましたか? A5:2022年5月11日です。61歳でした。所属事務所の太田プロダクションが公式サイトで訃報を発表しました。
Q6:南部虎弾さんは現在どうしていますか? A6:南部さんは2024年1月20日に脳卒中のため72歳で亡くなりました。ダチョウ倶楽部を1987年に脱退した後、1990年に電撃ネットワークを結成して活動していました。
Q7:ダチョウ倶楽部の40周年感謝祭はいつ開催されましたか? A7:2026年5月25日、東京国際フォーラムのホールAで開催されました。有吉弘行さん、出川哲朗さん、江頭2:50さん、純烈など多数のゲストが参加し、約5000人が集まりました。
ダチョウ倶楽部は、1985年に現在のグループ名で活動を始めてから、メンバーの脱退や死去という大きな変化を経験してきました。
1987年には初代リーダーの南部虎弾さんが脱退。その後は肥後克広さん、寺門ジモンさん、上島竜兵さんの3人で人気を確立しました。しかし、2022年に上島さんが61歳で亡くなり、グループは2人体制へと移行しています。
2024年には南部さんも72歳で亡くなりましたが、2026年には東京国際フォーラムで40周年感謝祭を開催。約5000人のファンや豪華ゲストとともに、グループの歩みを振り返りました。
現在のメンバーは肥後さんと寺門さんの2人です。ただし、ダチョウ倶楽部の魅力は人数だけでは語れません。南部さんが築いた初期の歴史、上島さんが確立したリアクション芸、そして肥後さんと寺門さんが守り続ける伝統芸が一つにつながっています。
2026年の40周年は、ダチョウ倶楽部が過去を懐かしむだけでなく、これからも活動を続けていくことを示した節目でした。今後も2人がどのような形で伝統芸を披露し、次の世代へ笑いをつないでいくのか注目されます。