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【意味と読み方】「和を以て貴しとなす」は何と読む?現代語訳を解説

水無瀬 康平 水無瀬 康平 • 更新: • 公開: • 読了約 18 分
目次

「和を以て貴しとなす」の読み方は、「わをもってとうとしとなす」です。

漢字を一つずつ分解すると、次のようになります。

- 和(わ): 人と人との調和、協力、互いを尊重する関係。
- 以て(もって): ~によって、~を手段として。
- 貴し(とうとし): 尊い、大切で価値がある。
- となす: ~とする、~と考える。

つまり、現代語に直すと「人々が互いに尊重し、調和を保つことを最も大切な価値とする」という意味になります。

ただし、「和」は単に仲が良いことや、誰とでも笑顔で接することだけを指しているわけではありません。

意見が異なる相手とも対話し、互いの立場を理解しながら、共通の目的に向かって協力する姿勢まで含んでいます。

十七条憲法第一条の原文

この言葉が登場するのは、『日本書紀』巻第二十二に収録された十七条憲法の第一条です。

原文は次のとおりです。

一曰。以和爲貴。無忤爲宗。人皆有黨。亦少達者。是以或不順君父。乍違于隣里。然上和下睦。諧於論事。則事理自通。何事不成。

原文には漢文特有の簡潔な表現が使われています。最初の四文字「以和為貴」が、現在まで広く知られる言葉の中心です。

読み下し文

一に曰く、和を以て貴しとし、忤(さから)ふこと無きを宗(むね)とせよ。 人皆党(たむら)あり、また達(さと)れる者少なし。 是(ここ)を以て、あるいは君父(くんぷ)に順(したが)わず、乍(たちま)ち隣里(りんり)に違(たが)う。 然れども、上和らぎ下睦びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)えば、則ち事理(じり)自(おの)ずから通ず。何事か成らざらん。

※「忤」の読み方や「党」「達者」などの解釈には、訓読や注釈による違いがあります。

現代語訳

現代の日本語に置き換えると、次のような意味になります。

第一条。人々が互いに調和することを大切にし、反目し合わないことを基本としなさい。 人にはそれぞれ仲間や派閥があり、物事の道理を十分に理解している人は少ない。 そのため、君主や父親の言葉に従わなかったり、近隣の人々と対立したりすることがある。 しかし、上に立つ者と下に立つ者が互いに和らぎ、親しく協力し、物事を話し合って調整できれば、道理は自然と通じる。どのようなことが成し遂げられないだろうか。

ここで注目したいのは、最後の部分です。

「上和らぎ下睦びて、事を論うに諧えば」という一節には、上下の立場にある人々が協力し、話し合いによって物事を進めるという考え方が示されています。

つまり、第一条は単に「喧嘩をしないように」と呼びかけているのではありません。

対立を乗り越え、話し合いによって物事を成し遂げることこそが、和の価値であるという考え方につながっています。

【本当の意味を検証】「和を以て貴しとなす」は仲良くするだけではない

和を以て貴しとなす

この言葉について、特に誤解されやすいのが「和=反対意見を言わないこと」という解釈です。

確かに、十七条憲法第一条には「無忤為宗」という表現があります。これは、互いに逆らい、反目することを避ける姿勢を基本とするという意味に読めます。

しかし、第一条の後半まで読むと、単純に意見を一致させることが目的ではないと分かります。

誤解1:和とは全員が同じ意見になること

人間には、それぞれ異なる経験や価値観があります。

全員が同じ考え方を持つことは、必ずしも現実的ではありません。

むしろ、異なる考えを持つ人同士が、互いの意見を理解しながら一つの方向性を探ることに意味があります。

十七条憲法第一条が示す「論事」、つまり物事を論じるという行為は、話し合いを通じた調整の重要性を示しています。

誤解2:争いを避けるためなら我慢すべき

職場や家庭では、相手との関係を悪くしたくないという理由で、本音を伝えられないことがあります。

しかし、問題を放置したまま表面上だけ穏やかに振る舞っても、根本的な解決にはつながりません。

例えば、仕事の進め方に問題があると感じているのに、上司との衝突を避けるために何も言わなければ、同じ問題が繰り返される可能性があります。

和を大切にすることと、問題を指摘しないことは別です。

誤解3:相手の意見に従うことが和である

十七条憲法には、第一条だけでなく、第十七条にも重要な考え方が示されています。

それは、重大な事柄を一人で決定せず、多くの人々と論じ合うべきだという考え方です。

この考え方を踏まえると、和とは一方が他方に従うことではなく、複数の人が意見を交わして道理を見いだすことだと理解できます。

ただし、十七条憲法は君主や父親を重んじる当時の社会秩序を前提としており、現代の対等な人間関係と完全に同じ価値観ではありません。

歴史的な背景を踏まえながら、現代に応用できる部分を読み取る必要があります。

【由来と語源を比較】『礼記』『論語』と聖徳太子の関係

「和を以て貴しとなす」の思想的な背景を理解するには、中国古典の『礼記』と『論語』を確認することが欠かせません。

実は、十七条憲法が成立したとされる7世紀より前から、中国の古典には和を尊ぶ表現が存在していました。

『礼記』儒行篇に見られる表現

『礼記』は、古代中国の礼に関する思想や制度、儀礼などをまとめた古典です。

その儒行篇(第四十一)には、次の表現が登場します。

礼之以和為貴

これは、礼を実践する際には和を大切にするという趣旨です。

ここでいう「礼」は、単なる礼儀作法ではありません。

人間関係や社会秩序を整えるための規範という、より広い意味を持っています。

したがって、礼を重んじるだけでなく、その実践に調和を伴わせることが大切だという思想です。

『論語』学而篇にも登場する「和為貴」

『論語』にも、よく似た言葉があります。

登場するのは、第一巻「学而篇」の第十二章です。

有子曰、礼之用、和為貴。先王之道、斯為美。小大由之、有所不行。知和而和、不以礼節之、亦不可行也。

読み下すと、次のようになります。

有子曰く、礼の用は和を貴しと為す。先王の道も斯れを美と為す。小大之に由るも、行われざる所有り。和を知りて和すれども、礼を以て之を節せざれば、亦た行うべからざるなり。

この言葉には、非常に重要な注意点があります。

それは、和だけを追求しても物事はうまくいかないということです。

『論語』では、和を大切にしながらも、礼によって節度を保つ必要があると説いています。

例えば、相手に気に入られたいからといって、何でも同意することは本当の調和ではありません。

守るべき規範や道理を失えば、かえって秩序が崩れてしまうからです。

また、この章の発言者は孔子本人ではなく、孔子の弟子である有子です。「孔子が直接この言葉を発した」と紹介するのは正確ではありません。

三つの古典・思想の関係を比較

それぞれの表現と思想的な関係を整理すると、次のようになります。

古典・文献 登場する表現 中心となる考え方
『礼記』儒行篇 礼之以和為貴 礼を実践する際に調和を重んじる
『論語』学而篇 礼之用、和為貴 礼の働きにおいて和を尊び、節度も保つ
十七条憲法第一条 以和為貴、無忤為宗 対立を避け、話し合いによって物事を成し遂げる
十七条憲法第十七条 事は独り断むべからず 重大な決定は複数の人々で議論する

この比較から見えてくるのは、三つの文献が共通して「和」を重要視しながらも、それぞれ異なる文脈で扱っているということです。

『礼記』と『論語』では、主に礼との関係で調和が論じられています。

一方、十七条憲法第一条では、社会の対立や政治的な意思決定の問題と結び付けられています。

特に十七条憲法第十七条まで読むと、話し合いによって物事を進めるという思想が、第一条と結び付いていることが分かります。

【聖徳太子と十七条憲法】604年の成立と歴史的背景を検証


飛鳥時代・厩戸皇子
推古天皇の時代に政治に関わった皇族。十七条憲法の制定者として伝えられている。

十七条憲法は604年に制定されたと伝えられる

『日本書紀』によると、十七条憲法は推古天皇12年、すなわち604年に制定されたとされています。

当時の日本は、豪族がそれぞれ強い影響力を持ち、朝廷を中心とする政治体制が形成されつつあった時代です。

そのような政治環境のなかで、異なる立場の人々が協力し、秩序を保つことは大きな課題でした。

十七条憲法は、そうした社会において、政治に関わる人々が守るべき行動や考え方を示したものと理解されています。

現代の憲法と同じものではない

ここで注意したいのが、「憲法」という名称です。

現在の日本国憲法は、国家権力のあり方や国民の権利などを定める近代的な憲法です。

一方、十七条憲法は、当時の政治に関わる人々に向けた道徳的な訓戒や服務規律をまとめたものです。

山川出版社の『日本史小辞典』も、近代的な憲法や法律規定とは異なり、官人に対する道徳的訓戒として位置付けています。

そのため、現在の憲法と同じ意味で捉えると、歴史的な性格を誤解してしまいます。

聖徳太子が本当に制定したのか?成立をめぐる論点

聖徳太子が十七条憲法を制定したという伝承は、『日本書紀』の記述に基づいています。

ただし、ここには史料上の重要な問題があります。

『日本書紀』が完成したのは、制定年とされる604年から116年後の720年です。

国立公文書館によると、『日本書紀』は舎人親王らによって編纂された全30巻の勅撰国史です。

つまり、604年に書かれた本人の自筆原本が現在まで残っているというわけではありません。

また、聖徳太子の著作とする説については、江戸時代以来、成立や作者を疑う議論も続いてきました。

山川出版社の『日本史小辞典』も偽作説の存在に触れながら、推古朝時代のものとして扱うのが一般的だと説明しています。

このため、歴史的な説明では次の二つを区別することが大切です。

- 史料に記された伝承:聖徳太子が604年に制定した。
- 史料から確認できる事実:720年に完成した『日本書紀』に、その制定記事と十七条の本文が収録されている。

この区別を理解すると、聖徳太子と十七条憲法の関係をより正確に捉えられます。

【現代的解釈】仕事や人間関係に「和の精神」を生かす方法

十七条憲法第一条の思想は、歴史上の政治倫理にとどまらず、現代の人間関係にも応用できる部分があります。

特に重要なのは、意見の違いをなくすのではなく、違いがあることを前提に関係を築くという考え方です。

仕事・職場での「和」

職場では、上司と部下、同僚同士、部署間などで意見が食い違うことがあります。

例えば、新しい企画について、営業部門は売上を重視し、開発部門は品質や実現可能性を重視しているとします。

この場合、どちらか一方の意見を無理に押し通しても、組織全体として最善の結果になるとは限りません。

大切なのは、それぞれが何を重視しているのかを理解し、共通の目的を確認することです。

具体的には、次のような姿勢が考えられます。

- 相手の意見を最後まで聞く。
- 反対意見を人格への攻撃と受け取らない。
- 意見の違いが生まれた原因を整理する。
- 感情ではなく、事実や根拠に基づいて議論する。
- 最終的な目標を共有し、合意できる部分を探す。

これは、第一条にある「諧於論事」という話し合いの考え方にも通じます。

家庭や友人関係での「和」

身近な人間関係でも、和の精神は役立ちます。

家族間で生活習慣や金銭感覚が違う場合、どちらかが我慢し続けると、不満が蓄積することがあります。

そのようなときは、相手の価値観を否定せず、自分の希望も率直に伝えることが大切です。

例えば、家事の分担で意見が食い違った場合、単に「もっと手伝ってほしい」と伝えるだけでは、相手が何をすればよいのか分からないことがあります。

具体的な負担や希望を共有し、双方が納得できる方法を探すことが、実際の調和につながります。

和を大切にする人と、誤解しやすい人の違い
判断するポイント 和を大切にする姿勢 誤解しやすい姿勢
意見の違い 違いを認めて話し合う 違いを表に出さない
対立への対応 原因を整理して解決する 問題を先送りする
相手への態度 尊重しながら自分の意見も伝える 相手に無条件で合わせる
集団での決定 共通の目的を探す 多数派に従うだけ
責任の取り方 合意した内容を実行する 誰かに判断を任せる

この違いを意識すると、和を重んじることが、単なる遠慮や自己犠牲とは異なることが分かります。

対立が起きたときこそ「和」の価値が問われる

松山大学法学部の銭偉栄教授は、2026年9月24日公開の記事で、十七条憲法の和の思想を現代の紛争解決と関連付けて論じています。

同教授の解説では、裁判によって法的な決着がつくことと、人間関係を含めた問題そのものが解決することは必ずしも同じではないと指摘されています。

相続、雇用、近隣関係など、問題が解決した後も関係が続く場合には、対話や交渉による解決を探る意味があります。

一方で、権利侵害を受けた場合には、安易な妥協ではなく、正当な権利を主張する必要もあります。

この指摘は、和を「何があっても争わないこと」と理解する危うさを教えてくれます。

【プロの結論】本当の「和」とは、違いを認めながら共通の道理を探すこと

「和を以て貴しとなす」を現代に生かすうえで、押さえておきたい要点は三つあります。

第一に、和は同調ではないということ。

全員が同じ意見を持つ必要はありません。違う意見を持つ人がいるからこそ、話し合いによって新しい解決策を見つけられる場合があります。

第二に、和には節度と道理が必要だということ。

『論語』が説く「和を知りて和すれども、礼を以て之を節せざれば、亦た行うべからざるなり」という考え方は、相手に合わせるだけでは本当の調和にならないことを示しています。

相手を尊重することと、自分の信念を捨てることは違います。

第三に、和は行動によって実現するということ。

十七条憲法第一条の最後には、上と下が和らぎ、物事を論じ合うことで道理が通じ、何事も成し遂げられるという趣旨が示されています。

これは、ただ仲良くしていればよいという話ではありません。

話を聞き、意見を交換し、問題を整理し、実際に行動することまでが和の実践なのです。

【よくある質問】「和を以て貴しとなす」に関するFAQ

Q1:和を以て貴しとなすは何と読みますか?

「わをもってとうとしとなす」と読みます。人々が互いに尊重し、調和を保つことを大切にするという意味です。

Q2:和を以て貴しとなすは誰の言葉ですか?

一般には聖徳太子の言葉として知られています。『日本書紀』に記された十七条憲法第一条の冒頭に登場します。ただし、歴史学上は成立時期や作者について議論があります。

Q3:和を以て貴しとなすの続きは何ですか?

「無忤為宗(忤ふこと無きを宗とせよ)」です。互いに反目しないことを基本とするという趣旨で、その後には人々の対立と、話し合いによって物事を成し遂げる大切さが記されています。

Q4:和を以て貴しとなすは『論語』にもありますか?

はい。『論語』学而篇第十二章に「礼之用、和為貴」という表現があります。礼の働きにおいて調和を尊ぶという意味です。また、『礼記』儒行篇にも類似した表現があります。

Q5:和を以て貴しとなすは、争わないことですか?

単に争わないことではありません。異なる意見を尊重し、話し合いによって問題を解決することが大切です。正当な権利や必要な主張まで放棄することを意味するわけではありません。

Q6:仕事や職場ではどのように実践できますか?

相手の意見を聞き、自分の考えも伝え、共通の目標を確認することです。意見の違いを隠すのではなく、建設的な議論を通じて解決策を探す姿勢が大切です。

「和を以て貴しとなす」は、十七条憲法第一条に記された、日本の歴史を代表する言葉の一つです。

その背景には、『礼記』や『論語』に見られる中国古典の思想があり、聖徳太子の時代には、政治や社会の秩序を保つための考え方として示されました。

特に重要なのは、この言葉が単なる仲良し主義ではないという点です。

意見が違っていても相手を尊重し、必要な議論を避けず、道理にかなった解決策を探す。そうした姿勢が、本当の意味での調和につながります。

2026年の仕事や家庭、地域社会においても、人と人との意見の違いはなくなりません。

だからこそ、相手に無理に合わせるのでも、自分の意見だけを押し通すのでもなく、互いに納得できる道を探すことが大切です。

「和」とは、対立が存在しない状態ではなく、対立を乗り越えて一緒に前へ進める関係を築くこと。

十七条憲法第一条が伝えるこの考え方は、時代を超えて読み継ぐ価値のある教えです。

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水無瀬 康平

芸能ニュースの編集を11年。所属事務所の公式リリース、番組公式サイト、配信サービスの告知だけを一次情報として照合し、出典の取れない話は載せません。

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