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国吉佑樹の年俸推移は?最高年俸はいくらだった?

三枝 朋樹 三枝 朋樹 • 更新: • 公開: • 読了約 12 分
目次

国吉さんの年俸は、DeNA時代の一軍での活躍やロッテ移籍後の成績に応じて変化してきました。

週刊ベースボールONLINEなどの公開データに基づく推定年俸を見ると、2022年には7400万円に到達。2025年シーズンの推定年俸は7000万円とされています。

- 2011年:250万円
- 2015年:2700万円
- 2019年:1700万円
- 2020年:4400万円
- 2021年:約5720万円
- 2022年:7400万円
- 2023年:6000万円
- 2024年:5000万円
- 2025年:7000万円

特に2020年はDeNAで42試合に登板して防御率3.13を記録し、年俸も大きく上昇しました。ロッテ移籍後の2022年には推定7400万円となり、キャリアの中でも高い評価を受けていたことが分かります。

なお、これらは報道などを基にした推定額です。2026年のオイシックス新潟との契約金額や年俸は公表資料から確認できず、確定額として扱うことはできません。

【メキシコ挑戦と引退理由】故障との闘い、最後の決断

国吉佑樹

国吉さんのキャリアを振り返るうえで、2025年から2026年にかけての故障と海外挑戦は避けて通れません。

2024年にロッテのブルペンで大きな存在感を示した一方、翌2025年は身体の不調が続き、一軍登板のないシーズンとなりました。

2025年は右肘の違和感や右足首の不調に苦しむ

2025年の国吉さんは、自主トレーニング終盤に右太もも裏の肉離れを起こし、春季キャンプの大部分をリハビリに費やしました。

ファームの試合に復帰した後も、4月には肘の違和感で約1か月離脱。さらに夏前にも複数の不調が重なり、8月には右足首に力が入らなくなる状態に陥りました。

THE DIGESTのインタビューでは、本人が手術を希望していたものの、シーズン終了まで待つことになった経緯も紹介されています。

その後、ロッテから来季の構想外を通告され、シーズン終了後に右足首の手術を受けました。2025年10月には自身のSNSでも手術とリハビリについて報告しています。

ここで誤解しやすいのが、右肘の手術という情報です。報道で確認できるのは、2025年4月の肘の違和感と、同年の右足首の手術です。右肘の手術を受けたとする情報とは区別する必要があります。

メキシコのサルティーヨ・サラペメーカーズに移籍

ロッテ退団後、国吉さんが選んだのは日本国内にとどまらない現役続行への挑戦でした。

2026年にはメキシコのサルティーヨ・サラペメーカーズへの移籍が決まり、新たな環境で再起を図ることになります。

しかし、メキシコに渡った後も腰の状態が悪化。球団側から開幕ロースター入りが難しいと判断され、現地でのプレーは実現せず、帰国することになりました。

国吉さん自身も2026年10月9日のnoteで、メキシコでは腰の不調により、わずか3週間で帰国したと説明しています。

海外挑戦は、華々しい復活劇にはなりませんでした。それでも、ロッテ退団後に新しい環境を探し、現役を続けようとした姿勢は、国吉さんの野球に対する執念を表しています。

引退を決断した本当の理由は?

2026年10月7日、オイシックス新潟アルビレックスBCは国吉さんの現役引退を発表しました。

引退理由について、球団発表に掲載された本人のコメントには、身体の状態だけでなく、選手としての責任感や心理的な変化が詳しく記されています。

「このまま現役を続けることは失礼なんじゃないか?」

これは、応援してくれる人たちが期待するプレーを見せられないまま現役を続けることへの葛藤を表した言葉です。

国吉さんは、けがやコンディション不良が続く中でも、納得できる球を投げたいという気持ちを持ち続けていました。しかし、身体が万全ではない状態に慣れてしまい、以前のようなマウンド前の緊張感や、結果に対する嬉しさ、悔しさまで薄れていることに気づいたと説明しています。

加えて、2026年10月9日に公開した自身のnoteでは、引退を決めた背景をもう一段詳しく明かしました。そこには、次の3つの要素がありました。

1.身体の状態

長年にわたって故障と付き合い、2025年には手術やリハビリも経験。メキシコでも腰の不調が発生し、オイシックス新潟に加入した後も納得できるパフォーマンスに戻せませんでした。

2.選手としての理想と現実の差

期待されているレベルのプレーを見せたいという思いと、実際に発揮できる能力の間に差が生まれました。本人は、その状態でプロを続けることが支えてくれる人への誠実さにつながるのか、悩んでいたと説明しています。

3.家族への負担

引退理由として、本人が自ら公表したもう一つの要素が家族のことです。単身で野球を続ける間、家庭のことを妻に任せきりにしていたと振り返り、家族に大きな負担をかけてきたことも考えるようになったと明かしました。

最終的には身体の状態、自身のパフォーマンス、家族のことを総合的に考え、現役生活に区切りをつける決断をしています。

したがって、国吉さんの引退は単純な戦力外通告によるものではありません。故障からの復活を目指して最後まで挑戦したうえで、自分自身が納得できる選手生活の終わり方を選んだものです。

【引退発表後の評判】国吉佑樹が残した功績と野球人としての評価

国吉さんの引退を評価する際には、単純な勝敗数や防御率だけではなく、育成選手から一軍の重要な救援投手へ成長した過程にも注目する必要があります。

国吉佑樹の評価を支える3つの実績

① 161キロを記録した圧倒的な速球

自己最速161キロは、国吉さんの身体能力と投手としての大きな武器を象徴する記録です。196cmの長身から投げる速球は、DeNA時代から注目を集めました。

② NPB一軍313試合の経験

育成ドラフト1位から始まり、NPB一軍で313試合に登板。先発、中継ぎ、複数イニングの救援など、さまざまな役割を経験しました。

③ ロッテでの24試合連続無失点

2024年には球団記録となる24試合連続無失点を達成。防御率1.51という成績と合わせて、救援投手としての安定感を示しました。

こうした実績から、国吉さんは単なる速球派ではなく、チーム事情に合わせて役割を担ってきたリリーフ投手として評価できます。

ネット上の評判をどう見るべきか

国吉さんに対する評価を考える際、注目すべき論点は大きく分けて「球速」「故障からの復活」「育成からの成功」「移籍後の貢献」の4つです。

特に2024年のロッテでの活躍は、過去のDeNA時代だけでなく、キャリア後半にも高い水準の投球を見せたことを裏付けています。

一方、通算防御率3.52という数字は、シーズンごとの好不調も含んだキャリア全体の成績です。161キロを投げたからといって、すべての試合で圧倒的だったわけではありません。制球やコンディションに左右されたシーズンもありました。

そのため、国吉さんを評価するときは、最速球速だけでなく、登板数、ホールド、シーズン防御率、連続無失点記録を合わせて見るのが適切です。

引退後も野球に関わる可能性は?

2026年10月7日の引退発表では、今後の具体的な進路は決まっていないと説明していました。

ただし、10月9日のnoteでは、選手としては引退しても野球には引き続き関わりたいという意向を示しています。

本人は、野球を通じて受けた恩を、今度は野球を通して返していきたいと記しています。指導者や野球普及活動など、具体的な職業が決まったわけではありませんが、競技との関係を完全に断つ考えではないことが分かります。

育成選手から一軍で活躍するまでの経験や、故障と復帰を繰り返した経験は、次世代の選手に伝えられる貴重な財産です。今後の発信や活動にも注目が集まります。

【国吉佑樹の現在に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:国吉佑樹は2026年現在、現役を引退していますか?

A1:はい。2026年10月7日にオイシックス新潟アルビレックスBCが今シーズン限りでの引退を発表しました。2026年シーズンが現役最後のシーズンです。

Q2:国吉佑樹の引退理由は何ですか?

A2:度重なるけがやコンディション不良によって、納得できるパフォーマンスを発揮できなくなったことが主な理由です。また、家族への負担も引退を決断した要素として本人が公表しています。

Q3:国吉佑樹の野球人生28年とはどういう意味ですか?

A3:小学2年生で野球を始めてからの期間です。プロとしての活動期間は2009年のドラフト指名から数えた17年間であり、28年間すべてがプロ生活だったわけではありません。

Q4:国吉佑樹の最速球速は何キロですか?

A4:自己最速は161キロです。2019年4月6日の横浜スタジアムでの巨人戦で記録しました。

Q5:国吉佑樹のNPB通算成績は?

A5:313試合登板、26勝31敗、6セーブ、61ホールド、防御率3.52です。投球回は521回1/3、奪三振は466個です。

Q6:国吉佑樹はメキシコでプレーしていたのですか?

A6:はい。サルティーヨ・サラペメーカーズへの移籍が決まりましたが、腰の不調によって約3週間で帰国し、現地でのプレーは実現しませんでした。

Q7:国吉佑樹は右肘の手術を受けたのですか?

A7:2025年に肘の違和感で離脱したことは報じられていますが、手術について確認できる報道は右足首のものです。右肘の手術と右足首の手術を混同しないよう注意が必要です。

Q8:国吉佑樹の引退後の仕事は決まっていますか?

A8:2026年11月2日時点で、具体的な就職先や指導者としての所属先は公表されていません。ただし、本人は今後も野球に関わり、これまで受けた恩を野球を通して返していきたいと述べています。

国吉佑樹さんの野球人生は、育成選手からのスタート、DeNAでの161キロ計測、ロッテへの移籍、2024年の24試合連続無失点、そしてメキシコへの挑戦と、数多くの転換点に彩られていました。

NPB一軍通算313試合、26勝31敗、6セーブ、61ホールド、防御率3.52という数字は、プロ野球の世界で長く戦い続けた証しです。

2025年からは故障に苦しみ、右足首の手術やメキシコでの腰の不調を経験。それでも2026年にはオイシックス新潟で再出発を果たしました。最後まで復活を目指したうえで、自身の身体、プレーの質、家族との時間を考え、現役引退を決断しています。

特に注目したいのは、本人が「野球人生28年」と「プロ生活17年」を明確に分けて振り返っている点です。野球を始めた少年時代からプロの第一線まで、長い時間をかけて積み重ねてきた経験が、今回の引退によって失われるわけではありません。

今後は選手としてではなく、野球人としてどのような道を歩むのか。国吉佑樹さんが17年間で培った技術や経験を次の世代にどう伝えていくのか、引退後の活動にも引き続き注目したいところです。

主な情報源:日本野球機構(NPB)、横浜DeNAベイスターズ、オイシックス新潟アルビレックスBC、NST新潟総合テレビ、国吉佑樹本人のnote、日刊スポーツ、Full-Count、THE DIGEST、週刊ベースボールONLINE。

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三枝 朋樹
デジタルマーケター 三枝 朋樹
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アイドルグループのリリースとライブ告知を追って7年。加入や卒業の発表は公式発表の日付とあわせて記録します。

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