1999年のデビュー曲が大ヒットした嵐ですが、その後の活動がすべて順調だったわけではありません。デビュー直後の注目度と、幅広い世代に知られる国民的グループになるまでには、数年の時間が必要でした。
2000年:コンサートとテレビ出演でグループとして成長2000年には「嵐 FIRST CONCERT 2000」を開催し、テレビ番組「ガキバラ帝国2000!」などにも出演。夏には「台風ジェネレーション」SUMMER CONCERT 2000を行うなど、ライブを中心にグループとしての経験を積みました。
翌2001年には初の全国ツアーを開催。公式バイオグラフィーによると、全国9か所で26公演を実施しています。また、日本テレビ系「真夜中の嵐」はグループ初の単独レギュラー番組となりました。
2002〜2004年:メンバー個人の知名度も上昇2002年は櫻井翔がドラマ「木更津キャッツアイ」に出演し、松本潤は「ごくせん」で沢田慎役を演じました。二宮和也もドラマや映画への出演を続け、大野智は舞台「青木さん家の奥さん」で初主演を務めています。
2004年には「24時間テレビ27 愛は地球を救う」のメインパーソナリティを担当。グループとしての活動に加え、5人それぞれの個性がテレビや映画を通じて広く知られるようになりました。
デビュー当時と2000年代前半の人気には違いがあった2026年5月に公開されたReal Soundの嵐回顧記事では、デビュー曲「A・RA・SHI」が大ヒットした一方、2000年代前半には20万枚に届かないシングルもあったと紹介されています。
つまり、デビュー曲の成功が、そのまま継続的な大ヒットにつながったわけではありません。後輩グループの台頭やJr.黄金期の終焉など、事務所を取り巻く環境も変化していました。
それでも嵐は毎年のようにコンサートを行い、テレビ出演や個人活動を続けます。この時期に蓄積した経験が、後の大ブレイクを支える基盤になりました。
【2007年に大ブレイク】松本潤の「花より男子」と「Love so sweet」が転機に

嵐の若い頃からの歩みを振り返る際、欠かせないのが2007年です。この年は、音楽、ドラマ、映画、コンサートのそれぞれで大きな成果を残し、グループの知名度が一気に広がりました。
2005年の「花より男子」がブレイクへの入口転機の始まりは、2005年に放送されたTBS系ドラマ「花より男子」です。
松本潤が演じたのは、F4のリーダーである道明寺司。井上真央演じる牧野つくしとの関係を描いた学園ラブコメディーは大きな反響を呼び、松本個人の知名度も高まりました。
同作の主題歌「WISH」もヒットし、ドラマを通じて嵐の楽曲に触れる視聴者が増加。グループを知らなかったドラマファンにも、嵐の名前が届くようになったのです。
Real Soundの2026年の分析記事では、第1期の平均視聴率は19.8%、最終回は22.4%(関東地区・世帯視聴率)と紹介されています。
2007年「Love so sweet」が年間ランキング4位に2007年1月にはドラマ「花より男子2(リターンズ)」が放送され、その主題歌として「Love so sweet」が発売されました。
明るく爽やかなメロディーと、恋愛ドラマの世界観に合った歌詞が幅広い層に支持され、嵐を代表するヒット曲の一つになりました。
オリコンが2007年12月に発表した年間振り返り記事によると、「Love so sweet」は約43万枚を売り上げ、年間シングルランキング4位を記録しています。
加えて、同年の初の単独ドーム公演では京セラドーム大阪と東京ドームで計20万人を動員しました。
嵐がブレイクした理由は音楽だけではない嵐の人気拡大には、いくつかの要素が重なっていました。
- ドラマとの相乗効果:松本潤の「花より男子」出演によって、ドラマファンが嵐の楽曲にも関心を持つようになった。
- メンバー個人の活躍:櫻井翔のキャスター活動、大野智の舞台、二宮和也の俳優活動、相葉雅紀のバラエティ出演など、異なる分野からグループへの関心が生まれた。
- ライブ活動の積み重ね:2006年のアジアツアーや凱旋公演を通じ、国内外での支持を広げた。
- 5人の自然体の関係性:メンバー同士の掛け合いや親しみやすさが、テレビを通じて視聴者に伝わった。
オリコンの2018年の特集では、松本潤が後年、グループが盛り上がり始めた時期を2006年頃と振り返っていたことも紹介されています。また、テレビ誌で長年取材してきたメディア研究者は、嵐の仲のよい雰囲気や自然体の魅力が視聴者に安心感を与えたと分析しています。
2007年は突然人気が生まれた年というより、Jr.時代からの経験、2000年代前半の活動、ドラマ出演、アジア展開が一つにつながった年だったのです。
2008〜2009年、国民的グループへ2007年のブレイクは、その後の活動規模にも表れました。
2008年には5大ドームツアーを実施し、同年9月には国立競技場で単独ライブを開催。2009年末にはNHK紅白歌合戦に初出場しました。
さらに2009年には結成10周年を迎え、テレビや音楽活動で幅広い世代に知られる存在へと成長しました。音楽ナタリーのグループプロフィールにも、2007年の東京ドーム公演、2008年の5大ドームツアーと国立競技場公演、2009年の紅白初出場が記録されています。
【2020年の活動休止から2026年の活動終了へ】嵐の最後の6年間
デビュー当時は10代だった5人も、2020年には40歳前後になっていました。長年グループを続けてきた嵐にとって、活動休止と2026年の最終ツアーは大きな節目となりました。
2019年1月27日:2020年末の活動休止を発表2019年1月27日、嵐は2020年12月31日をもってグループとしての活動を休止すると発表しました。
公式発表によると、きっかけとなったのは大野智の思いでした。2017年6月頃からメンバー5人で何度も話し合い、個別の対話や事務所を交えた協議を重ねた結果、活動休止という結論に至っています。
特に注目されたのは、活動休止の理由がメンバー同士の不仲や対立として説明されたわけではないことです。公式発表では、5人に共通する考えとして、次の趣旨が示されました。
「嵐の活動は5人でしかあり得ない」
5人全員がそろって初めて嵐であるという考え方は、デビュー以来のグループのあり方を象徴しています。
2020年12月31日:21年間のグループ活動を休止2020年12月31日、嵐はグループとしての活動を休止しました。1999年のCDデビューから約21年間にわたる活動に、一つの区切りがつきました。
大野智は芸能活動も休止。一方、櫻井翔、相葉雅紀、二宮和也、松本潤は、それぞれ個人としての活動を続ける道を選びました。
活動休止は解散とは異なり、5人がそれぞれの時間を過ごす期間として位置付けられていました。
2024年:5人で会社を設立2024年4月10日、嵐は5人連名で会社を設立したことを発表しました。
STARTO ENTERTAINMENTに掲載された公式コメントでは、2024年がデビュー25周年にあたることにも触れ、メンバー自身が主体的に判断し、行動するために何度も話し合って会社設立を決めたと説明しています。
活動休止中であっても、5人の関係やグループとしての意思決定が続いていたことを示す出来事でした。
2025年5月6日:最後のツアーと活動終了を発表2025年5月6日、嵐は公式Xなどを通じて、2026年春にコンサートツアーを開催し、そのツアーをもってグループとしての活動を終了すると発表しました。
活動休止から約4年半が経過したタイミングでの発表です。メンバーは、これまで支えてきたファンに直接感謝を伝えるため、再び5人で集まり、最後のツアーに向けて準備を進めることを明らかにしました。
この発表で重要なのは、活動終了が突然決まったものではなく、5人で話し合ったうえで出した結論だったことです。
2026年5月31日:東京ドームで最後の公演最後のツアーは「ARASHI LIVE TOUR 2026『We are ARASHI』」。札幌、東京、名古屋、福岡、大阪などのドーム会場を巡り、2026年5月31日の東京ドーム公演で千秋楽を迎えました。
ファミリークラブの公式配信案内にも、5月31日の東京ドーム公演が最終公演として記録されています。
J-CASTニュースの2026年6月1日付の報道によると、この公演をもって嵐はグループとしての活動を終了。デビューから約26年半にわたる歴史に幕を下ろしました。
ここで注意したいのは、公式に示された表現が「嵐としての活動終了」であることです。個々のメンバーの芸能活動や今後の人生まで一律に終了したわけではありません。グループとしての活動と、5人それぞれの個人活動は分けて理解する必要があります。
【嵐の若い頃】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:嵐がデビューした1999年、メンバーは何歳でしたか?
A1:1999年11月3日のCDデビュー時点で、大野智は18歳、櫻井翔は17歳、相葉雅紀・二宮和也・松本潤は16歳でした。5人とも10代でのデビューです。
Q2:嵐のメンバーで一番若いのは誰ですか?
A2:生年月日で比較すると、最年少は1983年8月30日生まれの松本潤です。年齢順では、大野智、櫻井翔、相葉雅紀、二宮和也、松本潤となります。
Q3:嵐の若い頃の写真や映像を見るなら、何がおすすめですか?
A3:1999年発売の「A・RA・SHI」のCDジャケットや公式ミュージックビデオ、当時のJr.時代の出演記録がおすすめです。デビュー前後の衣装や髪型、表情の変化を比較できます。特に「A・RA・SHI」の映像は、Jr.黄金期の雰囲気も確認できる資料です。
Q4:嵐が本格的にブレイクしたのはいつですか?
A4:2005年のドラマ「花より男子」をきっかけに人気が広がり、2007年の続編「花より男子2(リターンズ)」と主題歌「Love so sweet」が大きな転機になりました。同年には初の単独ドーム公演も開催しています。
Q5:嵐は2026年に解散したのですか?
A5:2025年5月に発表された公式の表現は、2026年春の最後のツアーをもって「嵐としての活動を終了する」というものです。2026年5月31日の東京ドーム最終公演を終え、グループ活動は終了しました。
嵐の若い頃を振り返ると、1999年のデビュー時点ですでに5人それぞれが異なる経験を積んでいたことが分かります。
大野智は舞台で表現力を磨き、櫻井翔は学業と芸能活動を両立しながらラップという個性を確立。相葉雅紀はドラマや映画、二宮和也は俳優業、松本潤は10代からのドラマ出演を通じて、それぞれの持ち味を育ててきました。
そして2007年の「Love so sweet」と「花より男子2」をきっかけに、5人の活動は大きく広がります。デビューからすぐに国民的グループになったのではなく、初期の模索や個人活動の積み重ねがブレイクを支えたのです。
2020年末の活動休止、2024年の会社設立、2025年の最後のツアー発表を経て、2026年5月31日にグループとしての活動は終了しました。
【プロの結論】嵐の魅力は、若い頃から変わらなかった5人の関係性にある嵐のキャリアを分析すると、人気を支えたのはヒット曲やドラマ出演だけではありません。5人それぞれが個性を発揮しながら、グループとして一緒に活動することを大切にしてきた点に大きな特徴があります。
若い頃の写真だけを見ると、10代の初々しさや当時のファッションに目が向きがちです。しかし、Jr.時代から2007年のブレイク、2020年の活動休止、そして2026年の活動終了までを時系列で追うと、5人が積み上げてきた経験と関係性の変化まで見えてきます。
1999年11月3日に「A・RA・SHI」で始まった物語は、2026年5月31日の東京ドームで一つの節目を迎えました。若い頃の嵐を知ることは、単に昔の写真を懐かしむだけでなく、5人がどのように成長し、多くの人の記憶に残るグループになったのかを理解することでもあります。
デビュー当時の映像と最後のライブを見比べると、変わった部分と変わらなかった部分、その両方に嵐らしさが表れています。