出典:『VOGUE JAPAN』『ELLE』本人インタビュー
坂口健太郎さんが幼少期の思い出として語っているのが、3〜4歳ごろに自宅で描いたパンダの絵です。
本人によると、両親が留守にしている間、クレヨンを使って家の床や壁にパンダの絵をたくさん描いてしまったそうです。
幼い子どもが家の壁や床に落書きをすれば、普通なら叱られても不思議ではありません。しかし、帰宅した両親の反応は意外なものでした。
母親と父親は怒るどころか、坂口さんの絵を褒めてくれたといいます。加えて、描いたパンダの絵と一緒に家族全員で写真を撮影したことも、本人の記憶に残っています。
2014年の『ELLE』のインタビューでは、母親から絵のセンスを認めてもらった思い出を振り返っています。
「センスあるよ」
この言葉は、幼い坂口さんにとって印象深いものだったようです。
両親は自由に育てるタイプだったこのエピソードで注目したいのは、落書きそのものよりも、両親の対応です。
坂口さんは同じインタビューで、両親から勉強をするよう厳しく言われた記憶はなく、自由に育ててもらったと話しています。
一方で、嘘をついたときには叱られたそうです。
つまり、何をしても許される環境だったというより、子どもの発想や個性を尊重しながら、守るべきことは教える家庭だったとうかがえます。
後に俳優としてさまざまな役柄に挑戦する坂口さんの、柔軟な感性につながる幼少期の一場面として興味深いエピソードです。
【保育園時代】徒競走で1位になっても走り続けた自由奔放な性格

坂口健太郎さんの幼い頃の性格を知るうえで、特に印象的なのが保育園時代のエピソードです。
2014年の『+act.』の本人インタビューでは、当時の行動について、本人が笑いながら振り返っています。
徒競走でゴールした後も止まらない保育園の運動会で徒競走に参加した坂口さん。
なんと、1位でゴールしたにもかかわらず、そのまま止まらずにもう1周走り続けてしまったそうです。
最終的には先生に捕まえられたという、なんとも微笑ましい出来事でした。
本人は当時の自分について、自由奔放で、思いのままに行動する子どもだったと振り返っています。
桃太郎ではなく鬼、三匹の子ぶたではオオカミ保育園時代には、演劇の役選びにも個性が表れていました。
| 発表・演目 | 坂口さんが希望した役 | 特徴 |
|---|---|---|
| 桃太郎 | 鬼ヶ島の鬼 | 人気の主役ではなく鬼を希望 |
| 三匹の子ぶた | オオカミ | 子ぶたではなく敵役を選択 |
| 徒競走 | 1位でゴール後も走る | ゴールしても止まらなかった |
本人は、みんなが桃太郎をやりたがる中で、自分だけ鬼の役を希望したことや、三匹の子ぶたではオオカミを選んだことを明かしています。
ここから見えてくるのは、単に目立ちたがり屋というだけではない、ほかの子どもとは違う選択を楽しむ性格です。
2015年の『CREA』のインタビューでも、保育園の卒業アルバムに書いた将来の夢は「忍者」だったと話しています。
また、小・中学校時代には体育祭の応援団長など、行事で目立つ役に積極的に立候補していたそうです。
保育園ノートに残されていた驚きの寝言もう一つ、坂口さんの幼少期を象徴するのが、母親が保管していた保育園のノートです。
本人がノートを見返したところ、母親のコメントには、寝言で突然大声を出したことが記録されていたそうです。
「僕はお兄ちゃんじゃない。ただの男なんだ!」
本人もインタビューでこの記録を紹介し、思わず笑ってしまうような思い出として語っています。
こうしたエピソードから、幼い坂口さんはおとなしく周囲に合わせるタイプというより、自分なりの感覚や主張を持った子どもだったことが伝わってきます。
【小学生時代】私立小学校への電車通学とランドセル忘れの真相
坂口健太郎さんの小学生時代には、保育園時代とはまた違った意外なエピソードがあります。
本人の2014年の『+act.』のインタビューによると、小学校は私立で、毎日電車を利用して通学していました。
私立小学校だったため地元に友達が少なかった坂口さんは、電車で学校に通っていたため、地元には友達があまりいなかったと振り返っています。
学校から帰宅した後に何をしていたのか、自分でもはっきり覚えていない様子でした。
当時は仮面ライダーやウルトラマン、ガンダムなどにも特に夢中になった記憶がなく、ゲームも1日30分と決められていたそうです。
本人は、平日の自由時間について、もしかしたら寝ていたのかもしれないと冗談交じりに話しています。
ランドセルを忘れて電車に乗ってしまった小学生時代のエピソードで最も有名なのが、忘れ物の多さです。
坂口さんは、なんとランドセルを持たずに学校へ向かってしまうことがあったと明かしています。
しかも、忘れたことに気づくタイミングが独特でした。
電車の座席に座って背もたれに寄りかかった際、いつもなら背中にあるはずのランドセルの感触がないことに気づいたそうです。
学校に到着してからではなく、通学途中の電車内で気づくというのが、坂口さんらしいエピソードです。
お弁当も忘れて姉のクラスへランドセルだけではありません。
お弁当を忘れてしまうこともあり、そのたびに姉のクラスへ行ってお弁当を分けてもらっていたそうです。
姉のお弁当のおかずを蓋に載せてもらって食べていたという、具体的な様子まで本人が話しています。
加えて、この行動は姉の同級生にも知られるほどだったといいます。
忘れ物が多いという話だけなら珍しくありませんが、電車の座席に座って初めてランドセルがないと気づくというところに、当時の坂口さんの天然な一面が表れています。
休日はボーイスカウトに参加していた意外なのが、坂口さんが小学生時代にボーイスカウトをしていたことです。
本人によると、ボーイスカウトは休日の活動だったため、平日に何をしていたのかという疑問は残ったまま。
インタビューでは、テントを張ることもできるはずだと冗談交じりに話しています。
現在の趣味として知られる読書やバレーボールとは異なる、子ども時代の活動です。
【母親・姉との関係】自由な家庭環境と厳しい家族の一面
坂口健太郎さんの幼少期を語るうえで、母親と姉の存在も欠かせません。
本人のインタビューには、家族との距離の近さが伝わるエピソードが複数登場します。
母親は元劇団員で演劇にも理解があった『ELLE』のインタビューによると、坂口さんの母親はかつて劇団に所属していた経験がありました。
また、坂口さんが俳優を志す前から、母親が小説や作品の役柄を勧めることもあったそうです。
本人が演技に興味を持ち始めた頃には、母親から役者に向いているのではないかという趣旨の働きかけもあったと振り返っています。
ただし、母親が俳優になることを強制したわけではありません。
母親と姉は意外にも厳しい存在自由に育ててもらった一方で、母親と姉は坂口さんに対して厳しい面もあったそうです。
俳優デビュー作を家族で鑑賞した際も、母親と姉は終始無言だったと本人が明かしています。
また、大人になってからも母親は坂口さんの台本を読み、演技について意見を伝えることがあるそうです。
仕事のスケジュールを母親に報告する習慣もあり、親子の交流は続いています。
仕事が終わる時間が重なったときには、母親と食事に行き、後から姉が合流することもあると語っています。
小学生時代の三者面談で明らかになった意外な事実忘れ物以外にも、学校生活で印象的な出来事がありました。
坂口さんは、小学生時代に自分ばかり先生から怒られていると感じていた時期があったそうです。
そこで母親が学校の先生に事情を尋ねたところ、先生からは、坂口さんが集団の中にいると、何か悪いことをしているように見えるという趣旨の説明があったといいます。
本人は、授業中に突然立ち上がったり、逆立ちを始めたりすることもあったと振り返っています。
こうした行動を考えると、周囲から目立つ存在だったことにも納得できます。
【本人証言で比較】坂口健太郎の幼少期から現在までの経歴・エピソード一覧
ここまでの本人インタビューと所属事務所の公式プロフィールを整理すると、坂口健太郎さんの成長過程には次のような特徴があります。
| 時期 | 出来事・エピソード | 情報の確認状況 |
|---|---|---|
| 3〜4歳ごろ | クレヨンでパンダの絵を描く | 本人インタビュー |
| 保育園時代 | 徒競走で1位になっても走り続ける | 本人インタビュー |
| 保育園時代 | 鬼やオオカミの役を希望 | 本人インタビュー |
| 保育園時代 | 寝言がノートに記録される | 本人インタビュー |
| 小学生時代 | 私立小学校に電車通学 | 本人インタビュー |
| 小学生時代 | ランドセルやお弁当を忘れる | 本人インタビュー |
| 小学生時代 | 休日にボーイスカウトへ参加 | 本人インタビュー |
| 中学・高校時代 | バレーボール部で活動 | 本人インタビュー |
| 2010年 | 『MEN'S NON-NO』モデルとして活動開始 | 芸能活動記録 |
| 2014年 | 映画『シャンティデイズ 365日、幸せな呼吸』で俳優デビュー | 所属事務所・作品情報 |
| 2026年 | 映画・ドラマで主演を務める | 所属事務所公式情報 |
坂口健太郎さんの出身小学校については、インターネット上で特定の学校名が候補として取り上げられることがあります。
その中には明星小学校という説もあります。
しかし、本人がインタビューで明らかにしているのは、私立小学校に通っていたという点までです。
所属事務所の公式プロフィールにも具体的な小学校名は掲載されていません。
そのため、明星小学校に通っていたと断定することはできません。
| 調べる項目 | 確認できる情報 | 現状 |
|---|---|---|
| 出身地 | 東京都 | 公式プロフィール掲載 |
| 小学校 | 私立小学校 | 本人が公表 |
| 小学校の具体名 | 明らかにされていない | 未公表 |
| 明星小学校説 | ネット上で紹介されている | 公式確認なし |
| 大学進学 | 公式プロフィールに記載なし | 公表情報なし |
学校名に関する情報を調べる場合は、本人の発言と、ネット上で推測された学歴情報を区別することが大切です。
【中学時代から2026年】バレーボールに打ち込んだ学生生活と現在のプロフィール
幼少期の自由奔放な姿から成長した坂口さんは、中学・高校時代にバレーボール部で活動していました。
中学では身長をきっかけにバレーボール部へ2014年の『+act.』のインタビューによると、中学校に入学した際、担任の先生からバレーボール部に入るよう勧められたそうです。
当時から身長が高かったため、先生にとっては期待できる新入部員だったのでしょう。
本人は、ほかの部活を見学する機会もほとんどないまま、バレーボール部に入ったと振り返っています。
その後、中学3年生になると高校では別のことをしたいと考え、演劇にも興味を持ち始めました。
ところが、結局は高校でもバレーボール部に入ったそうです。
2018年には日本テレビ系『ZIP!』のインタビューで、中学時代に柳田将洋選手と練習試合をした経験も明かしています。
バレーボールが単なる趣味ではなく、学生生活の大きな部分を占めていたことが分かります。
坂口健太郎の2026年最新プロフィール所属:トライストーン・エンタテイメント
- 生年月日:1991年7月11日
- 年齢:35歳(2026年11月現在)
- 出身:東京都
- 身長:183cm
- 趣味:読書、バレーボール
所属事務所の公式プロフィールに掲載されている情報を基に整理しました。
2026年の主な出演作品2026年現在も、俳優として映画やテレビドラマで活躍しています。
- 映画『私はあなたを知らない、』:2026年8月28日公開。中野量太監督作品で主演を務めています。
- ドラマ『kiDnap GAME』:2026年10月からフジテレビ系で放送。主演・新出敏郎役を担当しています。
- 映画『盤上の向日葵』:2025年10月公開。主演・上条桂介役を演じました。
モデルとして2010年に活動を開始し、2014年に映画で俳優デビュー。その後、『おかえりモネ』『シグナル 長期未解決事件捜査班』『鎌倉殿の13人』など、幅広い作品に出演してきました。
幼少期の個性的な性格や学生時代の経験を経て、現在は国内外の作品に活動の場を広げています。
【坂口健太郎の幼少期】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:坂口健太郎は子どもの頃、どんな性格でしたか?
A1:自由奔放で、ほかの人と違うことを選びたがる子どもだったそうです。保育園の徒競走では1位になっても走り続け、演劇では桃太郎の鬼やオオカミの役を希望していました。
Q2:坂口健太郎の幼少期のパンダの絵とは何ですか?
A2:3〜4歳ごろ、両親が留守の間にクレヨンで自宅の床や壁にパンダの絵を描いた思い出です。帰宅した両親は怒るどころか絵を褒め、家族で記念写真を撮ったそうです。
Q3:坂口健太郎の出身小学校は明星小学校ですか?
A3:本人が公表しているのは私立小学校に通っていたという情報までです。明星小学校説はネット上で紹介されていますが、本人や所属事務所による正式な確認はありません。
Q4:坂口健太郎は小学生時代にランドセルを忘れたことがありますか?
A4:あります。本人によると、電車の座席に座って背中にランドセルがないことに気づくことがあったそうです。お弁当を忘れたときには姉のクラスで分けてもらっていました。
Q5:坂口健太郎は子どもの頃にボーイスカウトをしていましたか?
A5:はい。本人がインタビューで、休日にボーイスカウトへ参加していたと語っています。テントを張る経験もあったそうです。
坂口健太郎さんの幼少期を本人のインタビューから振り返ると、現在の落ち着いた雰囲気だけでは想像できない、自由でユニークな子ども時代が見えてきます。
3〜4歳のパンダの落書き、保育園の徒競走で1位になっても走り続けた出来事、鬼やオオカミを希望した役選び。小学生時代には私立小学校への電車通学やランドセルの忘れ物、ボーイスカウトなど、印象的な思い出が数多くあります。
特に注目したいのは、幼い頃から人と違う選択を楽しんでいたことです。2015年の『CREA』では、幼少期から目立ちたがり屋で、行事の応援団長などにも立候補していたと語っています。一方、2025年の『VOGUE JAPAN』のインタビューでは、幼い頃から変わらない個性として楽観的なところを挙げています。
つまり、坂口さんの魅力は、単におっとりした雰囲気や長身のスタイルだけではありません。自分らしい発想を大切にする姿勢や、物事を前向きに受け止める感覚も、その人柄を形作る要素と考えられます。
出身小学校の具体名など、ネット上で広まっている学歴情報には未確認の説もあります。本人が語った経験と公式プロフィールに掲載された情報を基準にすれば、幼い頃の素顔をより正確に理解できます。
俳優として多彩な役柄に挑戦し続ける坂口健太郎さん。これからの作品でも、幼少期から持ち続けている独自の感性がどのように演技へ表れるのか、注目していきたいところです。