大谷翔平選手の背番号は、2026年10月現在、ロサンゼルス・ドジャースで着用している「17番」です。エンゼルス時代から引き継いだ番号であり、ドジャース移籍時にはジョー・ケリー投手との心温まるエピソードも話題になりました。
一方、日本ハム時代は「11番」、侍ジャパンでは「16番」、さらに毎年4月15日のジャッキー・ロビンソン・デーには「42番」を着用します。なぜ複数の背番号があるのでしょうか。2026年の最新情報から、番号が変わった経緯、選んだ理由、ネットの反応、気になる噂の真相まで詳しく解説します。
【2026年最新】大谷翔平の背番号はドジャースの17番!

2026年10月現在、大谷翔平選手がロサンゼルス・ドジャースで着用している背番号は17番です。
MLB公式選手プロフィールでも「Shohei Ohtani #17」と掲載されています。2024年のドジャース加入以降、エンゼルス時代と同じ番号を継続している形です。
大谷選手にとって17番は、単なるユニホームの数字ではありません。高校時代に着用し、メジャーリーグでの活躍を通じて世界中のファンに認知されるようになった番号です。
2026年も17番を継続している2026年には背番号について一時的に変化がありました。
4月15日、MLBではジャッキー・ロビンソン・デーが開催され、全選手が背番号42を着用しました。大谷選手もこの日に限って42番のユニホームでプレーしています。
そして翌4月16日には17番に戻りました。MLB公式の選手移籍・登録履歴にも、4月15日の42番への変更と、翌16日の17番への変更が記録されています。
したがって、2026年に大谷選手の背番号が42番へ正式変更されたという情報は誤解です。通常のシーズンで使用する番号は17番です。
この出来事は、背番号変更のニュースを確認するときに、通常の所属球団での番号なのか、特別な記念試合での番号なのかを区別する必要があることを示しています。
【経緯解説】日本ハム時代の11番から17番に変わった理由
大谷翔平選手の背番号を振り返るうえで欠かせないのが、北海道日本ハムファイターズ時代の11番です。
2013年にプロ入りした大谷選手は、日本ハムで11番を着用しました。この番号は、かつてチームのエースとして活躍したダルビッシュ有選手が背負っていた番号でもあります。
大谷選手自身も入団時に11番を特別な番号として受け止めていました。球団の歴史や先輩選手への敬意が込められた背番号だったのです。
なぜメジャーでは17番を選んだのか2017年12月、エンゼルスへの移籍が決定した際、大谷選手の新しい背番号は17番と発表されました。
日本ハム時代の11番をそのまま使用しなかった背景には、エンゼルスの事情があります。球団の11番は、かつて選手・監督として活躍したジム・フレゴシ氏の永久欠番だったためです。
一方、17番は大谷選手にとって以前からなじみのある番号でした。花巻東高校時代にも17番を着用しており、当時の報道によると、本人は新しい環境で頑張るために17番を選んだという趣旨の説明をしています。
また、花巻東高校では菊池雄星選手も17番を背負った経験があり、同校に縁のある番号として紹介されてきました。
ただし、大谷選手自身は17という数字に特別な意味があるわけではないとも説明しています。高校時代からの縁と、新しい挑戦への気持ちが重なった選択だったと考えられます。
【背番号一覧】大谷翔平の歴代番号と2026年までの変遷
大谷翔平選手の背番号は、所属球団や代表チーム、特別な記念日に応じて変わっています。
ここでは、2013年のプロ入りから2026年までの主な番号を整理します。
このように、最も長くメジャーリーグで使用している番号は17番です。一方、日本のプロ野球時代を象徴するのは11番であり、国際大会では16番が定着しています。
特に注目したいのは、北海道日本ハムファイターズの11番です。球団は新球場エスコンフィールドHOKKAIDOのランドマークを「TOWER 11」と命名しました。これはダルビッシュ有選手と大谷翔平選手がともに背負った特別な背番号11に敬意を表したものです。
球団の歴史においても、大谷選手の11番は今なお大切に扱われています。
【ドジャース移籍秘話】ジョー・ケリーが17番を譲った経緯とポルシェの贈り物
大谷翔平選手のドジャース移籍に際して、背番号17番をめぐる出来事も大きな話題になりました。
実は、ドジャースで17番を使用していたのは救援投手のジョー・ケリー選手でした。2019年以降、ケリー選手が着用していた番号だったため、大谷選手が加入する際には調整が必要だったのです。
ケリー夫人の「#Ohtake17」キャンペーンこの状況で注目を集めたのが、ジョー・ケリー選手の妻アシュリーさんでした。
アシュリーさんはSNSで「#Ohtake17」というキャンペーンを展開。大谷選手にドジャースへ来てもらうため、夫の17番を譲ることを積極的にアピールしました。
家族が所有していた17番のグッズを紹介したり、ユニホームを大谷選手仕様にできると冗談交じりに提案したりするなど、ユーモアを交えた投稿が話題になりました。
最終的にジョー・ケリー選手は17番を譲り、自身は99番を着用することになりました。
大谷選手がお礼に贈ったポルシェさらに驚きを呼んだのが、2023年12月24日に報じられた大谷選手からのプレゼントです。
大谷選手は、背番号を譲ってくれたジョー・ケリー選手の妻アシュリーさんに新車のポルシェを贈りました。ドジャースも公式SNSでその様子を紹介しています。
当時のMLB公式報道によると、アシュリーさんが自宅の玄関を開けると、そこには新しいポルシェが用意されていました。車を届けた人物から大谷選手からの贈り物だと伝えられ、アシュリーさんは驚きの反応を見せました。
このエピソードで大切なのは、ポルシェを受け取ったのがジョー・ケリー選手本人ではなく、妻のアシュリーさんだったという点です。
背番号を譲るというチームメートの協力に対し、大谷選手が感謝の気持ちを形にした出来事として、現在も17番の由来を語る際によく取り上げられています。
【噂の真相】侍ジャパンの16番やMLBの42番は正式な背番号変更?
大谷翔平選手について調べていると、「17番ではなく16番なの?」「42番になったというニュースは本当?」という疑問を目にすることがあります。
これらは、所属チームと代表チーム、そして特別な記念日の背番号が混同されていることが主な原因です。
2026年WBCでは16番を着用2026年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、大谷選手は侍ジャパンの背番号16を着用しました。
野球日本代表「侍ジャパン」の公式選手一覧でも、大谷翔平選手は16番の指名打者として掲載されています。
2023年のWBCでも16番を使用しており、日本代表としての番号とドジャースでの番号を分けていることが分かります。
そのため、16番を着用している写真や映像があっても、ドジャースでの背番号が変更されたわけではありません。
42番はジャッキー・ロビンソン・デーの特別な番号42番は、MLBの歴史に大きな足跡を残したジャッキー・ロビンソン氏に由来します。
ロビンソン氏は1947年にブルックリン・ドジャースでデビューし、MLBの人種的な壁を打ち破った選手として知られています。
彼の功績をたたえるため、MLBでは毎年4月15日をジャッキー・ロビンソン・デーとし、選手や監督などのグラウンド上の関係者が背番号42を着用します。
2026年はデビュー79周年にあたり、大谷選手や山本由伸選手を含むMLBの選手たちも42番を着用しました。
つまり、42番は大谷選手個人の新しい背番号ではなく、MLB全体で共有する記念日の番号です。
【ネットの反応・炎上】大谷翔平の背番号17はなぜここまで人気なのか
大谷選手の背番号17は、単なる選手個人の識別番号を超えて、世界中のファンに認知される存在になっています。
特にドジャース移籍時の「#Ohtake17」キャンペーンは、背番号にまつわる話題として大きく報道されました。
ネットで話題になった3つのポイント当時の報道や公開されたSNS投稿から読み取れる主な話題は、次の3点です。
1. ケリー夫人のユーモアあふれる勧誘
夫の背番号を大谷選手に譲るという大胆な提案が注目されました。通常、背番号の変更は球団内の調整事項ですが、家族を巻き込んだ明るいキャンペーンになったことが印象的でした。
2. 大谷選手のポルシェの贈り物
番号を譲ってもらったことへの感謝を、車という具体的な贈り物で示した点も話題になりました。球団公式の映像によって出来事が広く共有され、17番のエピソードを象徴する出来事となりました。
3. 日本ハム時代の11番との違い
日本のファンにとって11番は、ダルビッシュ選手から大谷選手へと受け継がれた印象深い番号です。そのため、メジャー移籍後も11番を期待する声があった一方、17番を新しい象徴として受け入れる流れも生まれました。
背番号17をめぐる炎上はあった?背番号17の譲渡をめぐっては、SNS上で大きな注目を集めましたが、確認できる主要報道の中心は、ケリー夫妻と大谷選手のユーモラスな交流やポルシェの贈呈でした。
背番号の変更そのものが重大な不祥事や公式な対立に発展したという事実は確認できません。
また、42番や16番の写真が出回ることで番号変更の噂が生まれることもありますが、それぞれ記念日と代表チームという明確な背景があります。
こうした情報を見極める際には、写真だけで判断せず、撮影された大会や日付、所属チームを確認することが大切です。
【プロの結論】大谷翔平の背番号17が持つ本当の意味
大谷翔平選手の背番号を時系列で見ると、11番から17番への変更は、単なる球団移籍に伴う番号の変更ではありません。
日本ハム時代の11番には、ダルビッシュ有選手から受け継いだ期待と球団の歴史がありました。そして17番には、高校時代からの縁とメジャーリーグでの新しい挑戦が重なっています。
加えて、ドジャース移籍時にはジョー・ケリー選手から番号を譲り受け、感謝の贈り物を通じてチームメートとの関係も象徴する番号になりました。
注目すべきなのは、背番号の意味が選手のキャリアによって変化することです。
日本ハム時代には11番が大谷選手の二刀流への挑戦を象徴し、メジャーでは17番が世界的な活躍と結び付いています。侍ジャパンの16番は、日本代表としての役割を示しています。
今後、大谷選手の背番号に関するニュースをチェックするときは、次の判断基準を押さえておくと情報を整理しやすくなります。
- ドジャースの公式プロフィールで17番を確認する。
- 侍ジャパンの大会別公式選手一覧で代表番号を確認する。
- 42番はジャッキー・ロビンソン・デーの特別な着用番号として区別する。
- 背番号変更のニュースは、MLB公式の登録履歴や球団発表を確認する。
大谷翔平の背番号に関するよくある質問(FAQ)
Q1:大谷翔平の現在の背番号は何番ですか?
A1:2026年10月現在、ロサンゼルス・ドジャースでの背番号は17番です。エンゼルス時代から継続して使用しています。
Q2:大谷翔平の日本ハム時代の背番号は何番でしたか?
A2:2013年から2017年まで11番を着用していました。この番号は、以前ダルビッシュ有選手が背負っていた特別な番号です。
Q3:大谷翔平が17番を選んだ理由は何ですか?
A3:花巻東高校時代にも着用した番号で、メジャー移籍時には新しい環境で頑張る気持ちを込めて選んだと説明しています。
Q4:大谷翔平のWBCでの背番号は何番ですか?
A4:2023年大会と2026年大会では16番です。ドジャースでの17番とは異なります。
Q5:大谷翔平が42番を着用したのはなぜですか?
A5:毎年4月15日のジャッキー・ロビンソン・デーにMLB全体で行われる記念行事のためです。2026年も4月15日に42番を着用し、翌16日に17番へ戻りました。
Q6:大谷翔平は背番号17を譲ってもらうためにポルシェを贈ったのですか?
A6:はい。ジョー・ケリー選手が17番を譲ったことへの感謝として、大谷選手はケリー選手の妻アシュリーさんにポルシェを贈りました。2023年12月24日にドジャース公式SNSなどで紹介されました。
大谷翔平選手の背番号は、2026年10月現在もドジャースの17番です。
日本ハム時代の11番、メジャーリーグで定着した17番、侍ジャパンの16番、そしてジャッキー・ロビンソン・デーの42番。それぞれには異なる歴史と意味があります。
特に17番は、花巻東高校時代からの縁に加え、ジョー・ケリー選手との番号譲渡やポルシェの贈り物というエピソードによって、さらに印象深い番号になりました。
今後も大谷選手の活躍とともに17番への注目は続きそうです。最新ニュースを追う際には、所属球団・代表チーム・記念試合の違いを押さえておくと、背番号に関する情報を正しく理解できます。